7.「ぜひともふたたび従姉妹上にお会いしたいというのです」
「ぜひともふたたび従姉妹上にお会いしたいというのです」
先だっての茶会に出席した両国大使はさまざまな外交の場に出席した後、ほくほくと、あるいはいそいそと国へ戻っていった。
どうやらトラースの第二王子の縁談はうまくまとまりそうである。カナレスはタペストリーをトラースはもちろん、トラースの第二王子が懸想する国の姫君にも贈ったのが功を奏したらしい。うつくしい織物にすっかり魅了された姫君の心は徐々に軟化しつつあるという。
カナレスと言えば、いち早くシュトレクが送った食料で息をつくことができた。続くトラースの豊かな農地による食料品が届き、難破によって失った分はまかなえたと聞く。
「それで、両国は従姉妹上に感謝することこの上なく、大使たちが贈り物をたずさえてやって来るそうです」
それはもう決定事項ではないか。
アマーリエは顔が引きつるのを堪えた。
ロベルトは頭が切れる。こうやって、少しずつアマーリエを外交や社交の場に引きずりだそうというのではないか。そんな風に邪推してもみたくなる。
養父母の元、すっかり田舎暮らしが慣れてしまい、立ち居振る舞いに自信がないアマーリエだ。それでなくとも、来客対応する際には王族として国王の隣に立つ。美貌のロベルトに不釣り合い極まりない。
それでも、伴侶がいない国王が異性である唯一の王族を伴うのは当然のことと言えた。
これもロベルトが王妃を得るまでのことだ。
アマーリエは努力して了承の意を告げる。
押し隠した不承不承を察したのか、ロベルトはこんな提案をした。
「そうだ。従姉妹上のお知恵に倣って、両国の美術品をシュトレクの諸侯から借り受け昼餐の席を飾りましょうか」
「まあ!」
アマーリエはまんまと食いつく。聡明なロベルトは今や、アマーリエの扱い方を掴みつつあった。
王族ほどでないにしろ、彼らの影響を受けた貴族たちは美術品を集めた。
ロベルトが貴族名鑑を繰り、彼らの持つ美術品について語る。アマーリエは王都へやって来るまで、自分とは無関係の別世界だと思っていた貴族の家門について覚えようと懸命だ。
ロベルトと言えば、アマーリエとソファに隣り合わせに座り、頬を寄せるようにして名鑑を覗き込むという「役得」に、顔を緩める。
不承不承であっても、引き受けたからには努力を惜しまない姿勢に、好意が募る。
ロベルトはもともと、カナレスの窮状を知り、援助を惜しまないつもりでいた。しかし、三国間の関係性上、どちらか一国と強固な結びつきになるのは後々問題が生じかねない。
アマーリエは真実、王族だ。王に連なる一門として、シュトレクに国益がなんであるかを考える者であり、実現させ得る能力を持っていた。
三国間に関連する絵画を用意させ、それぞれの特色を改めて認識させた。的確かつ簡潔な言葉を投げかけることによって、みごとトラースからカナレスの援助を引き出させた。しかも、カナレスが借りを作らない方法でだ。
すばらしい外交手腕であり、知性と情報収集能力も証明してみせた。
茶会の成果を知ったマレクをはじめとする側近たちも、アマーリエを見る目が変わって来た。
これほど、ロベルトを支えるにふさわしい者もいまい。
そして、次の昼餐だ。今度はシュトレクの主要貴族を招待する。徐々にアマーリエのすばらしさを広めていく。そののちには———。
昼餐の会場となった部屋は、うっすらと薔薇色がかった白い壁に、臙脂色のカーテンと同色の椅子、飴色に艶を出す大きなテーブルが配置され、華やかさを醸している。茶系統の絨毯はカナレスから贈られたものであり、今日供されるワインはトラースからのものだ。
アマーリエはたくさんあって選ぶことがめんどうになり、ドレスはまた昼餐室に合わせたものにした。それを予想していたらしいロベルトは、今度は前もってガーネットのネックレスとイヤリングを用意していた。ケースを開けて見事な輝きを前にしたアマーリエは、なんと言って良いものか分からなくなる。
これほどまでいろいろしてもらうのだから、昼餐を成功させなければならない。
イヤリングがよく見えるように、と使用人が髪をアップにまとめ上げる。白いうなじからデコルテが露わとなる。今回もまた迎えに来たロベルトがすう、と目を細めて言葉もなくアマーリエを見つめた。
表情ひとつ、視線ひとつでひとに訴えかける。そうして、易々とひとを動かすのだろう。
昼餐の招待客はトラース大使とカナレス大使、そしてシュトレクの貴族三人とその夫人たちだ。
計十人のこじんまりした昼餐は、だからこそ、みなでひとつのテーブルを囲み、話を共有することができた。
両国の大使がアマーリエを褒めちぎる。一国の大使という大役を担う者たちだ。どんな言葉がシュトレク国王の歓心を買うことができるか、察していた。そして、ロベルトが厳選したシュトレク国貴族もまた、有能だった。ロベルトの選考基準はただ両国の芸術品を所持しているというだけではない。
「スカラ・シュトレクさまは外交の才がおありなのですな」
如才なく賞賛の言葉を口にしたのはこの場での二番目の年長者であるフメリーク侯爵だ。彼よりも少し年下のセフナル伯爵は夫人と仲睦まじい様子を見せる。
「セフナル伯爵さまとご夫人の刺繍は対になっておられますのね」
伯爵の袖にはベルセルの特徴的な蔦の刺繍が刺してある。夫人の胸元にはベルセルの可憐な花の刺繍が散りばめられている。
「そうですの。よくお気づきになられましたわね」
「セフナル伯爵領で最近栽培に力を入れておられるとうかがいましたわ」
うれしそうに頬をそめる夫人に、アマーリエが付け焼刃にしろ、知識を詰め込んでおいて良かったとこっそり安堵の息をつく。
「ベルセルからは良質の油が採れるそうですわね」
バストル子爵夫人が会話に加わると、子爵が咎める。
「これ、貴婦人が他領の治世に口を出すものではない」
子爵夫人は恥ずかしそうに目を伏せ、食事の手も止まってしまう。
「あら、良いではございませんか。子爵夫人もスカラ・シュトレクさまと同じように、さまざまに情報を集めようとされたのではありませんの?」
そう助け舟を出したのはフメリーク侯爵夫人だ。
「先だっての両国大使との茶会のこと、お噂は耳にしておりましてよ。両国のしあわせのために一役お買いになられたそうですわね?」
言って、茶目っ気を交えた微笑みを浮かべる。
侯爵よりも年下に見えるものの、その実、夫人はみっつ年上だ。女子供は男のすることに口を出すものではない、といった考えとは縁遠い、先進的な思考の持ち主のようである。
「さようにございます。おかげさまで、わたくしはトラースの第二王子殿下から覚えめでたく、光栄なことにございます」
「我がカナレスもシュトレク国、トラース国のご温情をいただくことができました。シュトレク国王はもちろん、アマーリエさまにも我が国の国王陛下から改めて御礼申し上げると書状を承っております」
「実は、我が国の第二王子殿下からも書状をあずかっておりまして。もしよろしければ、アマーリエさまから姫君へお贈りする品々のご助言をいただけないかと」
侯爵、伯爵、子爵らは自分たちが招待された意味を正確に把握する。ロベルトはアマーリエが両国にその存在感を示して見せたことを、シュトレク貴族の中でも広めよ、というのだ。
四者がすばやく視線で意思疎通をしているのを他所に、フメリーク侯爵夫人が「わたくしもアマーリエさまとお呼びしても?」などと親交を深めている。
もちろんと頷いたアマーリエはバストル子爵夫人にベルセルの油について質問し、セフナル伯爵夫人も補足する。フメリーク侯爵夫人が美容と健康に良いと聞いて興味を持つ。
「もちろん、適量摂取すれば、ということですわ」
「なんでもそうですわね」
「ですが、お味もよろしくて、塩といっしょに用いれば、サラダもパンも美味しくいただけますわ。ぜひともちょうだいしたいわ」
伯爵夫人の言葉に子爵夫人が同意し、侯爵夫人がさっそく買い付けを希望する。
「素晴らしいですわね。美味しいものを食べて健康を維持できるなんて」
「フメリーク侯爵夫人はそうやって良いものを積極的に取り入れられておられるから、お若くていらっしゃるのですね」
有益な昼餐会に出席できたと満足げな侯爵夫人に、アマーリエが感心する。
「あら、アマーリエさまったら、お上手ね!」
フメリーク侯爵がまんざらでもなさそうに笑う。
「わたくしは、バストル子爵夫人が我が領がこれから広めて行こうとしていたベルセルの油のことをご存知でいて驚きましたわ」
セフナル伯爵夫人の称賛に、バストル子爵夫人が恥ずかし気にし、意識を逸らそうと食事を再開する。
「それでしたら、バストル子爵夫人はすばらしい働きをされましたわね。フメリーク侯爵夫人に試していただけるのですもの」
「本当ですわ。わたくし、感謝しておりますのよ」
アマーリエがここぞとばかりに言うと、セフナル伯爵夫人は素直に受け止め、バストル子爵夫人はいっそう面はゆげになり、真っ赤になる。
「試してみて良かったら、他の方にもお話してみますわね」
「ぜひ、お願いいたします」
女性陣ですっかり盛り上がる。
両国大使が自国の特産品をさりげなく話題に載せる。
「実は、侯爵らにトラースとカナレスゆかりの美術品を借り受けておりまして」
「おお、やはり! あの見事な壺はトラースのものではないかと思っていたところです」
「あちらの燭台はカナレスのものではございませんか?」
目ざとい両国大使はすでに気づいていたらしい。そして、シュトレクの貴族もまた、王族と同じように自国の製品を好むとあって、友好的な気分が高まる。
「その通りです。壺は侯爵が、燭台は伯爵がお持ちくださいました」
ロベルトの言に、侯爵が目顔で頷いてみせ、伯爵は唇の両端を吊り上げる。
「そして、料理に使われている食器を、子爵から借り受けました」
「食器はカナレスのものですな」
「カトラリーはトラース製ではございませんか?」
言われてみて、大使は気づいた。凝らした趣向で驚かされ、それを楽しんでいる様子だ。子爵も大使を喜ばせる一端を担うことができ、肩の荷が下りた様子で食事を味わいはじめる。
シュトレクの貴族にもトラースやカナレスからの血筋が流れ込んでいる。その持参物として、さまざまな芸術品が入っている。
シュトレクの貴族も交えての昼餐会は話は弾み、とんとん拍子にさまざまな契約の話が持ち立ちあがる。三国間だけでなく、隣国とシュトレク貴族との間でも案が挙がる。
昼餐会は大成功で幕を閉じた。
アマーリエは大過なく終了したことに安堵する。そうして、アマーリエはシュトレク国内の貴族にも受け入れられて行く。