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2.「見つかった?」

本日二回目の投稿です。

 

「見つかった?」


 隣国トラースとカナレス双方の大使来訪に際しての準備に追われていたシュトレク国の若き王ロベルト・スィセル・シュトレクは軽く目を見張る。

 側近マレク・クレメント伯爵が話す内容に驚きを隠せないでいた。


 国王の執務室は、深い青色に銀色の縦長の模様が入った壁紙、家具は白地に金の装飾がされている。ソファや椅子も白地に金糸で刺繍が施されている。静謐な上品さがある室内にふさわしいたたずまいの国王は金色の髪にブルーグリーンの不思議な色あいの瞳を持つ。


「そうです。間違いなく、アマーリエ・スカラ・シュトレクさまにございます」

 スカラ・シュトレクは先王の姉が持っていた名前だ。彼女が地方領主に縁づいた際、その名は返されている。その地方領主はすでに代替わりをしているのだという。


「アマーリエさまの兄上さまにございます」

 アマーリエは腹違いの兄が当主を務める領主の館を出て、養父母とともに暮らしているという。生みの親を早くに亡くし、なんらかの事情があったのだろう。その際のごたごたで王家も行方を把握しかねていた。しかし、領主の家を出ているとなれば、マレクが言うとおり、王族のひとりであり、スカラ・シュトレクの名を継ぐ資格はある。


「アマーリエさまは身体があまり丈夫ではないようです」

 マレクが言うには、彼女自身は特に王権に近づく意思はない。アマーリエの養父母も殊更王に近づく足掛かりにしようとはしない。

 そこでロベルトは気づく。


 マレクをはじめとする側近たちが王の孤独を慰めようと血眼になって探し出していた。そうして見つけた。ロベルトを除けばたったひとりの残された王族を。


 自分はそれほどまでに精彩を欠いているというのだろうか。心配をかけていることを悟ったロベルトはそのアマーリエに会うだけ会ってみることにした。




 あの年の冬は寒さがひと際厳しかった。振り返って見れば、夏は夏で異常なほど暑かった。冬の初めに流行り始めた風邪は、いつものものとは違っていた。まず、薬が効かない。高熱が出て、身体がもたず、老人や子供から倒れた。そして、あっという間に手遅れとなった。


 寿命と病は貴賤を問わないとよく言われるがそれは違う。どちらも栄養状態と環境によって大きく異なって来る。それでも、あの病だけはどれほど強固に守られた者にすらも猛威を振るった。

 国でも最も尊ばれる王族ですらも罹病したのだから。


 王太子として外交先から戻って来たロベルトを待っていたのは「無」だ。誰も待っていなかった。家族親族すべてが病死していた。


 呆然とするロベルトは現実を理解する間もなく、玉座に就かされ、事の終息にこぎつけることを要求された。とにかく、失われつつある国民を助けなければならない。

 それはまさしく国難であり、災害であった。


 家族の死を悼む隙もなく、ただただ奔走した。こんなときでもあわよくばなにかを掠め取ろうとする者たちを制し、病人の隔離と病の根治を指示する。国庫を開き、栄養摂取を呼びかけた。


 冬が去るとともに病は徐々に終息していった。しかし、決して「幸いなことに」ではない。失ったものが大きすぎた。


 そうしてロベルトは十七にして国王となり、以来、孤独を忘れるかのように執務に没頭した。

 臣民にとっては幸いなことに、ロベルトは聡明で怜悧だった。国王になるべく教育を受けていた。


 新体制を整えることに腐心した側近はいつからか、王族を探し始めた。それに気づいたロベルトは特に口を挟むことなく、好きにさせていた。

 そして、ようやく見出したのだという。


「従姉妹か。案外、近しい血筋の者が残っていたのだな」

 そのくらいの感想しか抱かなかった。

 どうしたって、失った日々が戻って来るわけではないのだから。


 目をつぶれば今でも思い出す。在りし日の光景を。




 王宮の奥まった庭園は王族の他は限られた者しか立ち入ることを許可されていない。

 きれいに刈り揃えられた生垣はまるで迷路のようで、狭く細い道が続く。うつくしい緑のグラーデションは陽光と庭師が作りだしたものだ。

 おとながふたり並んで歩くのがやっとの幅で、高さは父の背丈よりも高い。


 その日、いきさつは忘れたものの、父とその奥庭にやって来ていた。即位して間もない父は忙しく、それでも時間を捻出してロベルトと過ごす時間を取ってくれた。それがうれしくて、ロベルトは弾む足どりで父よりも先行した。今日はどの角を曲がろうかと左右を見渡しているとき、後ろから追いついた父があちらへ行こうと誘った。


「こちらにはなにがあるのですか?」

「この季節のこの時分に、見事な光景が見られるのだよ」

 そのとき限定の景色が見られるのだと知り、ロベルトはぱあっと表情を輝かせた。父はそんなロベルトと手を繋ぎ、ゆっくりと歩む。十にも満たないロベルトの歩幅はちいさく、今思えば、殊更合わせてくれたのだ。

 そう、そのときどきには分からなかったが、たくさんの愛情をもらっていた。それらは失ってから気づくのだ。


 シュトレク国王家の一族は芸術を愛した。国を挙げて擁護したから、多くの芸術家やその成果物が集まって来た。そうして花開いた文化のひとつである造園技術は素晴らしいものだった。


 祖父母や叔父、叔母、その子供たち、いずれも芸術を好んだ。話が合った。今は、誰とも語り合うことはない。

「ロベルト、これを見よ。この彫刻の手指のふくらみ方。触れたら温度を感じそうだ」

 ロングギャラリーでよく叔父や叔母と芸術作品を眺めたものだ。


「きれいですね、叔父上。でも、ぼくは爪のほうがすきだなあ。ほら、この形をみてください。この作家のとくちょうがよくあらわれていますよ」

「おお、言うなあ」

「ロベルトは目の付けどころが良いですわね」

 いっぱしの口をたたいてみせても、鷹揚に笑って受け入れられた。思えば、一族は度量の広い者が多かった。


 ロベルトは流行り病で彼らをいっぺんに失った。

 うつくしいものを見ても、素晴らしい作品を目にしても、感想を言い合うことはないのだ。


 父もやさしく、ロベルトに様々なものを見せてくれた。

 父が特定の季節、特定の時間に見られる光景というのは、奥庭の一角のことだ。


 生垣の角を曲がったら少し開けた場所に出た。そこにはガゼボがあった。見事なレリーフに見とれていると、父がロベルトの繋いだ手をやんわり引っ張る。つられて足を進め、屋根の下に入る。


「ロベルト、ほら、見てごらん」

 父が指さしたのはガゼボの屋根だ。

「わあ!」

 下から仰ぎ見る丸天井には等間隔で明り取りの口を開いている。天井は厚みがあって、開口部は削り取られた向こうにあり、雨が入り込まないような設計になっている。

 そして、窓の上には見事なフレスコ画が丸天井一面に描かれている。


「あれはね、カルサイトの結晶被膜で保護されているから、耐久性に富んでいるのだよ」

 父は物知りだった。だから、ロベルトはひっしになって父の言っていることを理解しようと努めた。


「この季節だったらこの時分の日の角度によって、こんな風に見えるのだよ」

 下の窓から差し込む陽光に照らされ、うつくしい色彩を際立たせるのだという。


「きれいですね、ちちうえ」

「そうだろう。———が教えてくれたのだよ」

「———?」

 父はあのとき、なんと言っていただろう。誰が教えてくれたのだと言っていただろうか。




「ブルシーク侯爵ご令嬢より茶会の招待状が届いております」

 側近の言葉に、ロベルトは一気に現実に引き戻された。


 失われた家族親族は戻って来ない。その失意が、返答する声音に如実に反映される。

「またか」

「陛下が許嫁すらお持ちでないからですよ」

 許嫁ならばいた。けれど、彼女もまたあの冬の病で失ったのだ。

 だが、いつまでも独り身でいるわけにはいかない。ロベルトには後継者を残す義務がある。


「シュトレクの国母というのはなかなかの手札となろう。せいぜい高く売りつける先を見つけるとしよう」

 ロベルトのそんな言葉に、歯に衣着せぬマレクですら口をつぐむ。流行り病でロベルトは全てを失った。そんな中、国政をなんとか安定させ、ようやく持ち直してきたところである。

 もはや、自身のためにはなにも望まないという態の国王に、やはりここはアマーリエ・スカラ・シュトレクを引き合わせるほかあるまいと思うのだった。


 願わくば、残された王族が、せめてもの国王の慰めとならんことを。マレクは神に祈らずにはいられなかった。





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