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一夜明けました



 朝。目を覚ませば、見慣れた天井に、見慣れた壁に、見慣れ……ない男が視界に入る。昨夜の記憶を思い出して「そういえば夫と『寝た』のだったわ」と寝起きでボーッとする頭を覚醒させた。

 昨夜は本当に何もなかった。文字通り、寝ただけだった。

 夫と同じベッドに入った気はしなかった。語らっていたからだろうか、友人と同じ布団を共有したような、少なくとも「夫」に対して抱く感情ではないものを感じてしまった。


 私の身動きする音で起きたのか、エリウスも目を覚ました。

 焦点の合っていない、寝起きの瞳。私を誰だかわかっていないようなそれに、思わず笑ってしまう。


「おはようございます」

「ああ、おはよう……」


 掠れた声だが、王族としての威厳を感じる。パチパチ、と気怠げな瞬きを繰り返して、私をジッと見つめて、見つめて、見つめた。

 無言の数秒間。段々とエリウスの目が見開かれ、同時に頬が赤くなっていくことで「ようやく起きた」と確信できた。面白いぐらいに飛び上がった後、瞬く間に彼は私から距離をとって膝を折る。


「ママッ、マグノリア殿!? 何故私と共に!?」

「私たちは夫婦ですよ? 同衾(どうきん)するのは当たり前でしょう」


 一緒の寝台で寝ただけです、と告げればエリウスは安堵の息を吐いたが、それでもやはり女性と同じベッドにいることを恥ずかしく思っているのか、そそくさと立ち上がってしまった……が、床に足を下ろした瞬間に躓いてしまい、べちゃん、と音を立てて倒れ込んでしまう。


「大事ありませんか?」

「だ、大丈夫です……」

「念の為に見てもらいましょう」

「本当に! 大丈夫です!」


 そう叫ぶなり、エリウスは脚をもつれさせながらも、辛々と寝室から逃げ出した。ラナの静止も聞かず──聞こえていないのだろうが──扉に突進し、そのまま廊下に脱走する姿はまるで屠殺(とさつ)されるとわかって柵を蹴破った家畜のようだった。

 開け放たれた扉の向こうからドタバタと走る音や大きなものが倒れる鈍い音、そして誰かの悲鳴が聞こえてきた……。




 夫が朝早くから手当てを受けている中、私とアレックスは食堂で二人、いつもの会議を行った。

 聞かれて困る相手はいないと思うのだが、アレックスは私に顔を寄せて、「エリウスのことだが」小声で尋ねてくる。


「部屋を出たらエリウスが倒れていて驚いたが……昨晩は大丈夫だったか?」

「何もありませんでしたわ」

「何も?」

「本当に、文字通り、何もありませんでした」


 話をして、同じベッドで眠っただけ。本当にそれだけだった。私も向こうも、寝間着を脱ぎも、脱がされもすることなく夜を過ごしたのだ。ラナに聞いてみてください、と言うと「妹夫婦の寝室事情を尋ねるのもどうかと思う」と返される。それもそうかと頷いているうちに、妻の元から逃げ出した夫が食堂に入ってきた。


「……朝から早々にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」


 派手な転び方をしていた割には、怪我も何もなかったようだった。彼はすっかり落ち込んでしまった様子で──恐らくこの家に来て数日もしないうちに醜態を晒してしまったことが恥ずかしいのだろう。私からすれば、囚人用の馬車に乗せられて輸送される方が恥ずかしいと思うのだが。


「大事なかったようで安心しました」

「マグノリア殿、先程は申し訳ございませんでした。妻の寝所から逃げ出すなど……」

「いいのです。少しずつ慣れていきましょう」


 アレックスに促され、エリウスも席に座る。それと同時に私たちの目の前に食事が運ばれてきた。

 朝食は相変わらず変わり映えもしなければ見た目も映えないものである。むしろここではこうして食事をとれること自体がありがたいものだとわかっているし、少なくとも私は食事の見た目など気にしたことはない。腹に入ればそれでいい。

 エリウスは昨晩同様に、美味しそうに食べている。少しくまをこさえたラナが嬉しそうに微笑んでいるから、ラナにとってこの男はありがたい存在になってくれただろうか、と素材の味が活かされた芋を噛み締めながら考えた。


 一息ついたところで、アレックスが口を開く。


「昨日来てもらったばかりで悪いのですが、エリウスには早速防衛線にある砦に来てもらいたいと考えています」


 アレックスは常々、人員不足を嘆いていた。とにかくエリウスを補充要員にしたいのだろう。さっさと連れて行って、何ができるかを判別して、何でもいいから働かせたい。剣が使えるのであれば見張りや討伐を、戦えないのであれば裏方を。とにかく、人が、足りない。そうブツブツと呟きながら歩き回る実兄の姿をずっと見てきたのだ。絶対に逃してたまるかという静かな情熱を感じた。

 ジッと、エリウスを見据える。「と言っても今日は見学程度ですが」と付け加えているが、アレックスの目つきは商品の品定めをする父親のそれによく似ていた。それはそれは可愛い妹のことを父親のように下卑た笑い方をする、と言う割には、人のことを言えない程に兄の表情は父と瓜二つであった。


「承知しました。ご迷惑をお掛け致しますが、何卒よろしくお願い致します」


 テーブルクロスに頭を擦り付ける勢いで頭を下げたエリウスには、フォーレイン家の兄妹の悪どい表情は見えなかった。



次から三話ほど、兄のアレックス視点が続きます。

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