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8.灰皿にちょうどいいロボ

「木崎さんはあと五日で世界が終わるっていうのになんで働いてるんっすか?」


 紙ナプキンやスプーンを片付けていると同じバイトの佐竹くんが軽い感じで声をかけてきた。こげ茶より少し明るい茶色の髪をツンツンと立てた彼は今年で二十二歳だというが、おぼこい顔立ちのせいかまだ十代に見える。


「そりゃ、シフト入ってるんだから仕方ないでしょ。そういう佐竹くんも働いてるじゃない。あ、フォークをまとめて食洗器から出してきて」


 ファミリレストランというところは世界が滅亡する五日前でも元気に営業している。一部のバイトやパートさんは来なくなったが、それでも店長をはじめに半数くらいのスタッフが普通に働いている。私もその一人だ。短大を出たあと教育系の会社に就職したが、三年で辞めてしまった。それからはこのファミレスで敏腕アルバイターとして生活をしている。実家に顔を出すべきかと思わなくはないが、電車で一時間という中途半端な距離がめんどくささに変わってしまい二の足を踏んでいる。


「うぃー。俺は別に働きたくてきてるわけじゃないっすよ」


「はい。フォークありがと」佐竹くんが持ってきたフォークを食器入れに綺麗にしまうといつでも配膳できる準備が出来上がった。こうやってものが決められた数。決められた様式で集まっている姿は見ていて気持ちいい。「働きたくないのに来てるの? なに暇なの? 大学生なのに?」


「大学生関係なくないっすか?」

「いや、あるでしょ? 私、大学生のときとかずっと友達と遊んでたもん。たぶん、あのときに世界が終わりますって言われたらレンタカーでも借りて友達と旅行に行ってたと思う」

「結構、アクティブですよね。でも、いまは仕事してるじゃないっすか?」


 佐竹くんが不満そうにこちらを見る。


「まぁ、私。仕事好きだし。あっそういえば昨日のお客さん、パパ活じゃなかったね」


 別に仕事が好きでもなかった私は強引に話を変えた。

 四番卓のほうに視線を向けると佐竹くんが「ああ、すっげぇ美人のJKと小太りのおっさん」と苦笑いをした。昨日、お人形さんのように綺麗な女の子とくたびれて擦り切れそうなおじさんが来店した。親というには骨格からオーラまで違っていたので、そのときのスタッフのなかではパパ活か宗教の勧誘とか部活の顧問と生徒とかいろいろな意見が出た。


 女の子が神妙な顔をしていたので私はパパ活説を推していたのだが食事をすますと女の子は帰ってしまい、かわりにほっそりとした男子高生がやってきたので私の推理は外れることになった。その後も塾の先生説や元嫁との娘説などが出たがおじさんが帰るまでにシフトが終わったので私は帰宅してしまった。


「佐竹くんは最後まで見たの?」

「見たっすよ。おっさんはそのまま男子高生と店を出て終わりでした。会計のときに親父っていってたから親子なんだと思いますよ」

「だとすると、あのJKも娘なのかな? 遺伝子ヤバい」

「奥さんが相当美人なんでしょうね」

「佐竹くんも美人な奥さん見つけなよ」


 幼顔の佐竹くんがあのJKみたいに綺麗な奥さんを捕まえれば、その子供は相当に可愛らしいに違いない。昔から見た目で判断してはいけないとか教えられるが、見る分には見た目がいいに越したことはないと思う。


「世界が終わる五日前に働いててそれ言われてもなぁ。当てつけ見たいっすよ」

「別に私はいいよ」


 佐竹くんはなぜか顔を赤らめて、そわそわした。


「なにがすっか?」

「仕事バックレて理想の女の子探しの旅に出てくれてってこと」

「なっ……。ちゃんと働きますよ。俺もシフト入ってるっすから」


 意外な気がして佐竹くんを見つめる。ちゃらい大学生だと思っていたけどなかなか真面目なところもあるらしい。私はあらためて人を見かけで判断してはいけないと思った。


「ひゅー。真面目だねぇ」

「いや、真面目じゃないっすよ」

「謙遜するねぇ。いいんだよ。勤労青年」

「……いや、マジで真面目じゃないんっす」


 茶化していたら以外にもひどく真剣な声が出てきた。私はからかいすぎたかと謝罪の言葉をはきだそうとしたが、佐竹くんはそれよりもはやく言った。


「真面目じゃないんです。木崎さんがシフト入れてたから俺もシフト入れただけで。正直、俺、木崎さんのことが好きで。傍にいられたらそれでいいって」


 一瞬、佐竹くんがなにを言っているのか分からなかった。

 私のことが好き? なぜ? マジか?

 いろいろなことが頭を駆け巡っていく。思い当たる節はあった。妙にここ三ヶ月くらい佐竹くんとシフトがかぶっていた。休憩時間にはお菓子なんかを差し入れしてくれて雑談をすることが増えていた。


「……ああ、それはそれはありがとう」

「それで木崎さん、今度デートしてください」


 腰を九十度曲げた礼儀正しい姿で佐竹くんは手を私のほうに伸ばした。気の抜けた私は佐竹くんに何と言っていいものか分からなかった。


「五日後までシフト入ってるからそのあとなら」

「……分かりました」


 佐竹くんはすっかりしぼんでしまってシフトが終わるまでとくに会話することはなかった。シフトが終わると私は逃げるように着替えをすますと彼と出くわさないようにファミレスをあとにした。まさか、こんなタイミングで告白されるとは思わなかった。おそらく、もっと外堀を埋められたあとで言われていたら「YES」と答えてしまったに違いない。


 危ないところだった。


 世界が終わる直前に勢いで付き合ってしまうとかハリウッド映画の最後で主人公と結ばれるヒロインくらいにやってはいけない。流されている。絶対、続編では破局しているフラグだ。勢いに流されるのは文化祭の後夜祭で告白されたときにダメだと知ったのである。マジックアワーは一瞬なのだ。


 私はヘンに活性化してしまった頭を冷やすために近所の公園に入る。


 遊具のほとんどに立ち入り禁止の黄色いテープが巻かれている。ゾウの形をした滑り台はぐるぐる巻きにされ、ブランコは座面をとりはらわれ鎖だけが垂れ下がっている。唯一、無事なのは砂場で私は砂場の縁に座り込むとカバンの中から煙草を取り出した。


 黄昏時を過ぎた闇のなか吸っているあいだだけオレンジ色の光が強くなる。ふーと煙を吐き出すと靄が広がる。子供のころは煙草なんて吸わないと思っていたのにいまではこれが手放せない。ニコチン中毒というわけではないが、煙草を吸うというモーションが気を落ち着ける動作と紐づけされているのだ。


 二、三度ほど煙を噴き上げて携帯灰皿を探すが、ポケットやカバンの中には見当たらなかった。私は小さく舌打ちをして自販機で飲みたくもない缶コーヒーを買うために腰をあげる。そのとき砂場の中に拳よりもやや大きい丸いものが見えた。灰が入れればと思い砂場からそれを引き上げると複雑な形状の金属の塊だった。


 見た目ほど重くないのでなかには空洞があるのだろうと予想して回転させると、ちょうどいい感じの窪みが反対側にあった。私はそれを持って元いた場所に座りなおすと窪みに灰をトントンと落した。一瞬、ブラウン管テレビやレンジに電源を入れたときのような耳鳴りがした。周りを見渡すが変化はない。


 私は煙草をくわえるとゆっくりと火が煙草をのぼった。ジジっとわずかな音がする。


 しばらくの沈黙のあと煙を空へ吐き出す。風がないのか煙はうえに流れてゆっくりと消えていった。指に火が近づいてきたので煙草を金属に押し当てる。ジャリジャリした砂と金属ののっぺりとした感触が指に伝わる。そして、ピッという古臭い電子音がした。


 音は不定期に灰皿にしていた金属からなっていた。砂にまみれていたせいで気づかなかったが金属にはところどころガラスのような部分があり、音に合わせてガラス面が赤やオレンジに光りだしていた。最後にガシャンと金属がこすれる音がして灰をためていた窪みが開いた。


 青白い光が窪みからあふれる。

 二度の点灯をしたあとそれは真上を見たのだろう。地球に落ちる彗星が写ったガラス面を私が覗き込むと金属の塊はピントを合わせるように青白い光を回転させた。


「……なにこれ?」


 金属から距離をとる。


「アア、アア、アアアアア」


 それは音ではなく音声だった。平坦で無機質なはずなのにそれは嘆きのように聞こえた。私は足で金属を何度かつつくとそれは「アナタハ?」とこちらを認識したようだった。


「私はここで煙草を吸ってた者よ。あなたは?」

「タバコ? ワタシハ、アナベル」

「アナベル? あなたはなに?」


 金属の塊に問いかけて私はあたりをきょろきょろと見渡した。これは終末ジョークかなにかで遠隔で誰かが話しているかもしれないと思ったからだ。だが、真っ暗な公園の中には人の影は見えない。近くの建物からも誰かがこちらを見ているような様子はなかった。


「自動殲滅艦搭載AI。ソレガ、ワタシ」


 ひどく物騒な言葉が聞こえた。


「せんめつ? 一体どういうこと?」

「ワタシハ、オナジ殲滅艦、コワス。キタ」


 片言のAIがいう話はひどく現実感のないものだった。彼を作ったのは私たち人類とは違う宇宙文明だという。その文明は二つの勢力に分かれて争い。劣勢になった一方が一隻の戦艦を造った。それが殲滅艦リーメ。リーメはただ破壊をもたらすためだけの兵器だった。負けるなら共倒れだとばかりに有人惑星や人工天体を破壊し、文明は継続不可能なレベルまで衰退した。


 そんななか建造されたのが自動殲滅艦アナベルだ。殲滅艦を倒すために殲滅艦を差し向ける。ひどく馬鹿らしい考えだが、二隻の殲滅艦は終末的破壊兵器の限りを尽くして戦い。アナベルはリーメに大きな損害を与えた。だが。アナベルも推進系にダメージを負い。追撃ができなかった。


 それから長い時間をかけてアナベルはリーメを追った。そのころには文明は滅んでおり補給など望めなくなっておりアナベルは自身に付属していた設備だけで機体を維持しなければならなかった。もっとも深刻だったのは燃料で星間航行するにはアナベルの生産設備は不十分であった。そのため、彼は彗星に船体を固定して宇宙をまわったらしい。そして、私たちの住む地球でリーメの反応を検知して彗星諸共接近した。そして、いまから五日前に宿敵と対峙した。


 聞いてもよく分からない兵器の応酬の末、彼は負けた。船体は四散しAIを含むブロックだけが地上に不時着した。ここまでの話を聞いて私は彼に尋ねた。


「つまり、私たちが滅びそうになってる彗星ってあなたが乗ってきたってこと?」

「ソウダ」


 アナベルはとてもシンプルに回答した。

 このとき私はひどく怒りを覚えた。このときまでの私は彗星が地球に落ちるのは自然のせいだと思っていた。自然に人は勝てない。それは大雨や地震にあったことがあるなら当然の感覚だ。だが、原因が宇宙からやって来たなぞの船のせいでした。そう言われて「仕方ない」とは思えなかったからだ。


「なんとかしなさいよ」

「ムズカシイ」

「うるさい。何とかするのよ。あんたが乗ってきたせいなんでしょ?」

「ソウダ」


 アナベルはしばらく考え込むように青白い光と何度も点灯させる。


「リーメ。船体確認」

「それってあなたを壊した相手に彗星を壊してもらうってこと?」

「ソウダ」

「嘘でしょ?」

「ウソデハナイ。可能性唯一」


 私は空を見上げた。

 流れ星一つ見えない空は彗星が緩やかに滑り落ちていた。

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