1-1 ついてない異世界転生者
【タイトル、合って→遭って】「この国に君達の居場所は無い。国外追放というやつだね。ーーさようなら。君達が戻る頃にはこの国はもっと素晴らしい国になっているだろう。安心して消え失せてくれたまえ」
その言葉と共に、二人の男女がその場から何処かへと消えていった。
その様子を見て、言葉を放った張本人は、満足気に笑みを浮かべた。
何が起きているのか。それを語るには、少し時間を遡る必要がある。
5時間前。
魔法により温度が管理され、夏場でも少し薄寒く感じる静かな室内で、男が手に持ったフラスコの中の赤い液体を自らの体に掛けた。その液体が掛かった皮膚は薄橙色のまま、見た目には特になんの変化も無い。
「……やはりダメか」
十八歳の鑑定士、アクト・ヴァーディは、自らの店「アクトの鑑定屋」の奥の隠し部屋で、一人呟いた。
「全くもう。ままならないもんだなあ」
彼はそう言いながら棚の薬品に目をやる。青、緑、赤。色々な色の液体が置いてある。どれも彼の満足する出来ではなかった。
「……仕事するか」
誰に話しかけるでもなくそう言うと、彼はフラスコを洗い、乾燥用の置き場に置くと、部屋から出て扉に鍵を掛けた。鍵が掛かると自然にそこは壁のように変化する。見た目にはただの壁でしかない。
「こういう事は出来るのになぁ」
アクトは思わず呟いた。
彼は酷く疲れていた。二年前に村を焼かれ、一年前にはパーティから追放され、ロクな事が無い。
前者では思い出したくも無い、身も震えるような体験をした。未だそれが尾を引きずっている面がある。先程の実験も、元を正せばこの事件が無ければ不要な実験であった。
後者に至っては役に立たない「鑑定」スキルを有しているというそれだけの理由であった。前者は命の危険すらあった事も考えればまだマシかもしれないが、あの嘲るような元パーティメンバーの顔が浮かぶと苛立ちが募った。
更に言えば、彼は転生者であった。前世は地球という星で高校生をしていて、電車に轢かれて死んだ。その命が輪廻して、今ここにいるのだが、前世で考えていた「転生」よりも遥かに苦難の道を歩んでいるように思えた。
忘れよう。
彼は自分に言い聞かせた。
前者での経験は深く胸に刻まなければいけない。だがそれ以上は不要だ。あまり暗い思い出に浸る事は有意義ではない。
まずは仕事だ。そして実験だ。
彼はそう心の中で唱えると、隠し通路の階段を一歩一歩上がっていった。
階段から出て、仕掛けで動くようにしていた本棚をズラす。するとその壁は完全に隠れ、傍目にはそこに扉があるなど分からない。
「これでよし」
一人満足気に頷くと、彼は本来の作業場へと向かった。
「あ、お邪魔してるわよ」
作業場に戻ると、そこには彼の見知った顔が居た。
客として訪れた彼女はシーリア・ガードナーという騎士である。彼女は弱冠18最という若さでここナクール王国の騎士団長に就任した天才であり、同時にこのアクトの幼馴染であった。
二人は元はサリークという村に住んでいた。だが二年前に魔物により滅ぼされ、唯一生き残った二人はこのナクール王国首都クローヴェルへとやって来たのであった。
「ノックくらいしてくれ」
アクトは嫌そうな顔で言った。
「店に入るのにノックする人いるの?」
「客ならともかく。君なら必要だろ」
「失礼ね。客として来たのよ?」
「騎士団の鎧を着たまま?まぁいいけれど」
そう言うと彼はカウンターに座り、客人に相対した。
「それで?どんな御用かな」
シーリアは持っていた袋をボンとカウンターの上に置いて、
「これを鑑定して欲しいの」
と言った。
「ふーん」
アクトはその袋の中を除く。何か硬い殻のようなものに包まれたものが二つ入っている。その殻が、アクトはなんであるかを理解していた。
これは、魔物が生み出したドロップアイテム、或いはダンジョンの宝箱に近似する物質である。
これについて語るには、まず魔力とは、魔物とは何かを知る必要がある。
魔力とは、原子よりも小さい物質の最小構成単位であり、エネルギーを与える事で様々な形態へと変化を遂げる不可思議な存在である。
魔物とは、そんな魔力を強く帯び、魔力によって生命活動が行えるように肉体が改造された生物の総称である。
魔物は生命維持のために魔力を消費する。人間が栄養を口から摂取する代わりに、魔物は魔力を肉体の全体から吸収する。口からの場合もあるが、皮膚からの場合もある。
そして、老廃物は魔力まで分解した上で排出する。その老廃魔力が大気中に一定量集まると、古い魔力と大気中の新しい魔力が反応しあい、この殻と、その中に様々な魔力を帯びたアイテムが生成されるのである。
少なくともこの世界において、一般的に言われる魔物のドロップアイテムやダンジョンの宝箱というのは、こうして生成されるのである。
「これは何処で?」
「騎士団の遠征先。ダンジョンの奥で見つけたの」
「ふーん。この辺のダンジョン?」
「ええ」
アクトには、そう肯定する彼女の目が、少し泳いでいるように思えた。嘘はついていないが、全てを正直に話しているわけではない、そんな感じが。
「まぁ、いいか。ちょっと待ってな」
そう言うと彼は、懐からナイフを取り出した。炎と氷の魔法が付与された、特別なナイフである。
一つ目の殻をナイフで切る。熱で温めつつも、その中身、殻に包まれた物が燃えすぎないように適切に冷やしていく。そうして殻を取り除くと、そこには短剣のようなものがあった。
その短剣に向けて、彼は鑑定スキルを発動させる。
スキルとは、生物ーー主に人間ーーが持つ特別な能力である。身体強化、魔力制御から精神操作まで多数のスキルが確認されており、それら全てについて、科学的な見地からの説明がついていない。故に非科学的ではあるが、この世界では神からの恩寵という説が有力である。ーーそれが真実であるという事を、アクトは知っていた。
彼の持つ鑑定スキルは、鑑定出来る物が無いという事で、ハズレスキルとして扱われていた。持つ者は蔑まれ、役立たずとしてパーティから追放される事もある。彼のように。
だが紆余曲折を経て、彼は今、このように鑑定士として生計を立てている。決してハズレスキルでは無かったのである。ただ、使うポイントが極めて限られるというだけで。その「使うポイント」こそが、この謎の殻に包まれた物体ーー未鑑定状態のドロップアイテムに対してなのである。
「んー、これはアイアンダガーだな。攻撃属性は無、攻撃力は通常10に対し+10されている、持った人間の素早さを1%向上。そんなところか」
そう言って彼は手に持っていた短剣をカウンターに置いた。
「まぁまぁってとこかな。低レベルなら使えるだろう」
「あんがと。こっちは?」
そう言って彼女はもう一つの方を突き出す。アクトは同じようにそれを鑑定する。
「…………む?」
「どしたの」
「レアだな。王家の宝杖と呼ばれる武器だ。魔王の王家に伝わる物ーーに似ているという話だ。加えて付与能力も強い。攻撃属性は無いが、通常のものより攻撃力が50アップしている。更に、魔物と反応して、強力なアイテムをドロップする確率を上げる能力までついている。相当だな……」
そう言ってアクトは考え込んだ。
「なぁ、本当にこれは、近くのダンジョンで拾ったものか?」
「な、なんでそんな事を聞くの?そうだけど」
その様子には何か嘘のような、焦りのような、そんなものが感じられた。
「こういうアイテムは、強力な魔物がいるところでないとドロップしない。近所のダンジョンなんて、初級冒険者の練習場ではないか。そんなところでこれがドロップするとは到底思えない」
「それは……まぁ……」
「それに妙に新鮮だ。先の方は古くて殻がガッチガチに固まっているが、こっちはまだ具現化して間も無いのか、結構柔い。まるで今朝取ったばかりという感じだな」
「う、うん、まぁ」
「……なるほど、大体察しがついたぞ」
アクトは彼女をニヤニヤと見つめながら言った。
「ーー鎧に汚れは無い。つまり、ダンジョンに行った帰りではない。君が強いのは痛い程分かっているが、鎧はその限りではない。傷も付くだろうし、少なくとも血で汚れる事はある。そして今は朝の11時。ダンジョン行って帰ってという時間でもない。つまり君は王城から直接ここに来た」
「うっ」
「さて……そしてこれ。このアイテムの殻は新鮮だった。ついさっき発生したもののように見える。つまり、今日。ーーこれは王城で発見された未鑑定品、違うかな?」
アクトがしたり顔で尋ねると、シーリアが気不味そうに顔を伏せた。だがふとアクトは我に帰った。
「……あれ、待て、自分で言っておいてなんだがそれは無いな。王城でこんなもんが見つかる事の方がおかしい。それはつまり王城にーー」
アクトが自分で言った事に疑問を抱いていると、シーリアでは無い声が、
「いいえ。貴方の予想通りです」
と言った。
その声の主の方を見ると、入り口を開けて入って来た女が一人居た。
知性と優雅さを兼ね備えた、見た者全員が振り返るような美貌も持つ、その女性の姿を見て、アクトは絶句した。
「……エレア・ナクール王女殿下。」
国の第二の権力者、国王陛下の娘である、エレア・ナクールであった。