わかった
昔のことで他人の話だとしても、さすがに人前で好意を口にするというのは恥ずかしい。
ちらりと様子を窺えば、リュークもまた頬を真っ赤に染めている
どうやら、聞いている方も恥ずかしいらしいので、申し訳ないところだ。
甘酸っぱいのはここまでなので、どうか耐えていただきたい。
「わかっているのよ。四年間、一度も会ってくれないし、手紙の返事すらくれない。私のことは興味がないってことくらい」
一度や二度ならば、忙しいのだろうと諦めもつく。
だがそれが四年ともなれば、そもそもアメリアに時間を割くつもりはないのだろうとさすがに気付かざるを得ない。
「それでも、会って話したいことがあるから。……だから、苺を売るの」
「つまり魔法で苺を出して、それをお菓子にして売っているのか?」
「違うわ。魔法で苺のお菓子を出しているの」
苺からお菓子を作ることは、もちろん可能だ。
だがそれだと手間もかかれば材料費もかかる。
食材の乏しい五宮では、とても不可能だ。
「……そんな魔法、聞いたこともない。炎や水ならともかく苺を出す時点で珍しいのに、更に調理済みだなんて」
「苺だけ、ね。やっぱり、苺は凄いのよ」
「……どこから来るの、その苺への信頼は」
リュークは呆れた様子だが、実際に苺は凄いのだから仕方がない。
「とにかく、お金がいるの。封筒と便箋も必要だけれど、ドレスを作るんだから。ドレスって高いのよ? 相場を聞いてびっくりしちゃった。苺大福が山盛りでも足りないわ」
山盛り感を両手を広げて説明すると、リュークが苦笑している。
「でも、この格好じゃ夜会に入り込めないし。それに……」
言葉に詰まって少し俯いたアメリアの顔を、リュークが不思議そうに覗き込む。
「それに?」
「四年ぶり、なのよ。……少しでも、可愛いって思ってほしいじゃない」
恥ずかしくなって唇を尖らせながらそう言うと、リュークががっくりとうなだれた。
「ど、どうしたの? ごめんね、不愉快だった?」
四年間無視されている婚約者に可愛いと思ってほしいだなんて、ちょっとしたストーカー発言にも聞こえる。
気持ちが悪くて姿勢を保てない程とは、申し訳ないことをしてしまった。
「違う、大丈夫。ちょっと……直撃しただけ。気にしないで」
「うん?」
ストーカー発言が直撃したら結局気持ち悪いと思うのだが、それで本当に大丈夫なのだろうか。
リュークは両手で顔を覆った状態だが、しきりに大丈夫だと繰り返している。
ここを深追いしてもアメリアが気持ち悪いという発言しか出てこないのだから、なかったことにして話を進めよう。
「とにかく、結構な額が必要だから頑張って売るの。それに、ドレスを作ってもまだ問題があるし」
「何?」
顔を手で覆ったままなのに、きちんと相槌は打ってくれるのだから、律儀なものだ。
「正面からは外出できないけれど、抜け出して行っても会場に入れてもらえないかもしれない。私のことを顔でわかる人はほとんどいないから、不審者としてつまみ出されるかも」
場所が王宮であることを考えれば、牢に入れられることだってありえる。
このあたりは、慎重に検討しなければいけないだろう。
「じゃあ、ドレスがあれば婚約者に会えるの?」
ようやく手を離したリュークだが、何となく顔が赤い。
気持ち悪すぎて、のぼせたのだろうか。
「それが最低条件ね。でも、この調子だとどれだけかかるのか。それに、どの夜会に婚約者が参加するのかもわからないし……」
「どうしたの?」
「……会ってくれないかもしれない。私のこと、嫌だろうから」
アメリアはしょんぼりと俯く。
苺を売るのも、ドレスのために努力するのも、リュークのためならいくらでも頑張れる。
だが、そうして会いたいのはアメリアの都合であって……あちらは顔を合わせるのも嫌かもしれない。
嫌われても、嫌がられても、罵られても、耐えてみせる。
だが、悲しくないわけではないのだ。
「――わかった」
「え?」
突然の声に隣を見て見れば、先程までの赤い顔が嘘のように真剣な顔でこちらを見つめるリュークがいた。
アメリアににこりと微笑むと、木箱から立ち上がり、手を差し伸べる。
「封筒と便箋を買うんだろう?」
「あ、うん」
どうやらお店に案内してくれるらしい。
リュークの手を取って立ち上がると、そのまま一緒に歩く。
すぐ近くの店に封筒と便箋は売っていたが、素敵なものはさすがに値が張る。
何通も送らなければいけないことを考えれば、ここは質よりも量を選ばざるを得なかった。
「そっちの方が気に入ったんだろう? 俺が買ってやろうか?」
リュークの親切はありがたいが、アメリアは首を振った。
「私の気持ちを伝えるから。ちゃんと、自分で買いたいの」
「……そうか」
寂しそうな嬉しそうな不思議な笑みを湛えると、リュークは何故かアメリアの頭を撫でた。
「また、話を聞かせてくれ」
「うん? そうね。お店でお菓子を売ると思うから、また会えたらお話しようね」
同世代と接する機会はなかなかないし、リュークと話をするのは楽しい。
どうせお菓子販売はしばらく続けるのだから、たまには息抜きもいいだろう。
微笑むアメリアを見ると、リュークはその手をすくい取り、あっという間に手の甲に唇を落とした。
「ひゃっ!?」
びっくりして手を引くが、リュークの方は気にする様子もない。
もしかして、これは貴族の挨拶だろうか。
恐らくアメリアが貴族の端くれだと思って、したのだろう。
あるいはリュークも貴族なのかもしれない。
びっくりして目を丸くするアメリアを見て、リュークは金の瞳を細めた。
「またね、アメリア」
「う、うん」
その背を見送りながら、アメリアは自分の胸がドキドキしていることに気が付く。
「い、いくら瞳の色と名前が同じで、ちょっと格好いいからって、駄目よ。私にはリューク様がいるんだから!」
慌てて自分の頬を叩くと、歩き始める。
「あれよ。手にキスなんてされたことがないから、びっくりしてドキドキするのよ。そうに違いないわ」
貴族として普通の挨拶だとしたら、リュークに再会した時にもされる可能性がある。
思い返してみれば唯一会った十二歳の時にも手にキスされたのだから、ありえなくはない。
そう思い至るとドキドキする反面、少し心配になってきた。
「リューク様の目の前で、みっともない反応をするわけにはいかないわ。心構えと……練習もした方がいいかしら」
となれば、五宮に戻ってヘルトにお願いしてみよう。
アメリアは火照る頬をパタパタと扇ぎながら、王宮への道を急いだ。
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次話 五宮に戻り、早速手にキスされる練習を始めたアメリアに……?
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