偶然の一致
真剣な様子で尋ねられ言うべきかどうか迷ったが、平民には見えないと言われても王女だとばれたわけではない。
貧乏貴族の端くれだとでも思っているのだろうから、今更無理をして隠さなくてもいいだろう。
「ええとね。私はみっともないから、表には出せないんだって。それはいいけど、食事くらいはもう少し欲しいところよね。でも、おかげで料理の腕は上がったのよ?」
話の途中から少年の表情の曇りっぷりが凄いので慌ててフォローを入れたのだが、いまいち効果がなさそうだ。
「あと、畑仕事も上手になったと思うわ。草むしりも得意よ」
更なるフォローをしたはずなのに、少年の眉間には収まりきらないほどの皺が刻まれている。
「……病弱じゃ、ないの?」
突然の謎の質問に、アメリアはきょとんとして首を傾げた。
「誰が?」
「アメリア」
「まさか。すこぶる健康だし、畑仕事のおかげで筋力もあるわよ」
拳を掲げて筋肉アピールをしてみるが、少年の表情は曇り切ったままだ。
「そ、そういえば、あなたのお名前は何ていうの?」
どうにか空気を変えようと話題を振ると、少年の肩がぴくりと震えた。
「リュ……リューク」
「わあ! 私の婚約者と同じ名前よ、凄い偶然ね!」
嬉しくなって手を叩くアメリアを見て、リュークは苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「実はね、瞳の色も同じ金色なの。何だか他人じゃないみたい。嬉しいわ」
「……婚約者が、いるんだ」
何故か疲れ切った様子のリュークに、アメリアは元気よくうなずいた。
「いるには、いるわね。一応。……それよりも、私手紙を書くのに封筒と便箋を買いたいの。売っているお店を知らない?」
「手紙、書くんだ」
今度は急に不機嫌そうになったが、一体何なのだろう。
「うん、婚約者宛ての手紙を書きたいの」
「――今更?」
吐き捨てるような冷たい言葉にびっくりすると、それに気付いたらしいリュークは少しバツが悪そうに俯いた。
「いや、ごめん。言い方が悪かった。……突然、手紙を出すことにしたの?」
「突然じゃないわよ。婚約して四年。ずっと、出し続けているわ」
「――そんな馬鹿な」
間髪入れない返答に、アメリアは少しだけ微笑んだ。
「そう。馬鹿なのよね。四年間、一度も返事もないし面会も断られている。私のことはどうでもいいんだろうって、わかってはいるけれど。……それでも、直接会って話したいことがあるの」
リュークは暫し固まっていたが、やがて何かに気付いたという様子で口を開いた。
「……それで何故、封筒と便箋を買う必要があるんだ?」
「だって。買わなければ、ないじゃない」
「おう……いや、貴族なら使用人に言えば持ってくるだろう?」
確かにそうかもしれないが、アメリアの場合にはそれは当てはまらない。
「無理なの。使用人は一人しかいないし、ないものは持ってくることはできないわ」
「一人!? ない!?」
驚くのも無理はないのかもしれないが、既にアメリアにとってはそれが普通だった。
「それに、自由に出られないから。正面から会いに行くこともできないの」
「でも、今」
「壁の穴から抜け出しているの。内緒よ?」
まさか王女が王宮を抜け出しているとは思わないだろうが、一応釘を刺しておく。
「苺のお菓子を売るのはお金のため。お金は、封筒と便箋を買うため。つまり、手紙を書くために?」
「あとは、ドレスを作る予定なの」
「何故?」
アメリアがうなずいて補足すると、リュークはわけがわからないという様子だ。
「だって、婚約者の邸の場所がわからないの。夜会に直接突撃するのが、時間と距離からして一番現実的なのよ」
「ああ、まあ……。でも、今までにだって、沢山ドレスを贈っただろう」
「贈った?」
「ああ、いや。婚約者から、贈られたんじゃないのか?」
確かに、一般的な婚約者ならばそういう贈り物もあるのかもしれない。
アメリアは知らず、乾いた笑みを浮かべていた。
「まさか。手紙の返事すら、四年間で一度もくれないのよ? ……ありえないわ」
自嘲するように呟くと、何故かリュークが驚愕の表情で固まっている。
「食事も出ず、閉じ込められ、手紙も贈り物も届いておらず、病弱でもない……」
病弱というのが何のことかはわからないが、改めて言われてみると、なかなか酷いものだ。
他人事のような感覚のアメリアとは対照的に、リュークは眉間に皺を寄せて震える拳を握り締めている。
「どうしたの? 何だか顔色が悪いわ」
「……アメリアは、その婚約者のこと、嫌になっていないの?」
縋るような眼差しで尋ねるリュークに、アメリアはゆっくりと首を振った。
「逆でしょう? 向こうが、私のことを嫌なのよ」
「アメリアの正直な気持ちを、聞きたい」
真剣な眼差しにアメリアは暫し考え、そしてため息をついた。
「……笑わない?」
「うん」
うなずくリュークはからかっているようには見えない。
立ち話もなんなのでアメリアが路地の木箱に座ると、リュークもその隣に腰を下ろした。
「婚約者とは、一度だけ会っているの。四年前だから、もう顔も憶えていないけれど。リュークと同じ金色の瞳だったわ」
木箱は高さがあるので、アメリアの足はぶらぶらと宙を泳ぐ。
対して隣のリュークはしっかりと地面に靴がついている。
こうしてみると身長差が結構あるのだと今更気が付いた。
するとリュークに微笑まれ、アメリアは慌てて視線を逸らす。
「私ね、魔法で苺が出せるの。それを凄く褒めてくれて。とっても嬉しくて。好き……だったの」
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次話 アメリアの婚約者への思いを聞いたリューク少年は……?
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