平民と銀の髪
「姫様。面会の申請は通りませんでした、それから、手紙の返事も届いておりません」
「まあ、そうよね」
申し訳なさそうに頭を下げるヘルトに、アメリアはあっさりとうなずいた。
婚約から四年、更にループして三年の合計七年。
過去一度たりとも、それらが叶えられた試しはない。
「だからって、めげている暇はないのよ。でも、封筒と便箋がもうないのよね」
次に街に出た時に、忘れずに買わなければ。
「……街では、無理をなさらないでくださいね」
「え? ええと、大丈夫よ。ちゃんと苺大福も売れたし」
慌てて笑みを返すと、ヘルトは少しばかり目を細め、そしてうなずいた。
「まあ、程々になさってくださいね」
……何だろう。
もしかして、前回男性に絡まれたのがバレているのだろうか。
いや、ヘルトは五宮に残っているし、アメリアが戻った時には出迎えもしてくれている。
様子を知るはずもないので、これは単純に心配しているのだろう。
ヘルトの意味深な微笑みをかわしつつ苺大福を作ると、アメリアは街へと出かけた。
こだわり抜いたせいでだいぶ疲労感が増したが、餅から透けて見える苺の赤が眩しい。
前回の様子を見ていた客が群がったおかげでいい宣伝となり、今回用意した苺大福もあっという間に完売してしまった。
「苺ダイフクは大人気だねえ。次はもっと用意してくれると助かるよ」
店主から売り上げを手渡されつつ、アメリアは笑みを返す。
苺大福は原材料費こそかからないが、アメリアの魔力を消費する。
苺の透け感にこだわるせいで、一個作るのにもそれなりに疲れてしまう。
往復の移動ぶんの体力などを考慮すると、十個程度が限界だった。
それに、こういうものはなかなか買えないという希少価値も大切だ。
安易な大量生産で品質を落としては、せっかくのお客様も離れてしまうだろう。
暫くは大福の数を変えず、疲労感の少ないクッキーなども一緒に販売してもらってもいいかもしれない。
店主に手を振って店を離れると、そこには灰色の髪に金の瞳の美少年が立っていた。
「あ、こんにちは。この間はありがとう」
「こんにちは。……ア、アメリア」
「うん」
名前を呼ばれたので返事をしたのだが、何故か少年の顔が赤くなっていく。
「そうだ。苺、甘かった?」
感謝の気持ちを込めて甘くなるよう念じたのだが、どうだっただろう。
久しくヘルト以外に苺を食べてもらっていないので、感想が気になった。
「え、いや。あの……」
慌てて言葉に詰まる少年を見て、ウキウキした気持ちがしぼんでいく。
「そうか、そうよね。突然苺一粒渡されても、気味が悪いよね」
それまでアメリアが苺を持っていなかったのは見ているのだから、ポケットから出したとでも思っているはずだ。
裕福な商家の出だとしたら、そんなものを口にするのは嫌だろう。
「気持ちが悪い」とプリスカと四妃に苺を叩き落とされた時のことを思い出し、少し悲しくなったアメリアの苺色の瞳が陰った。
「ち、違うんだ。そうじゃなくて。その、もったいなくて……まだ、食べていない」
想定外の言葉にアメリアが顔を向けると、少年は困ったように笑った。
「……苺、好きなの?」
「うん」
短いその返答で、アメリアの心は一気に浮上した。
「それなら一緒ね。私も、大好き!」
嬉しくなって微笑むと、少年の顔が更に赤くなったが……そんなに暑いのだろうか。
「苺はいいわよね。苺があれば、何でもできるのよ!」
「そ、そうなの?」
アメリアがうなずくと、少し遅れて少年もうなずき、そして笑みを返してくれた。
「それじゃあ、私は行くわね」
手を振って歩き出したのだが、何故か少年も一緒についてくる。
「何か用? もしかして、苺が欲しいの?」
さすがに往来で歩きながらでは、こっそり出せないから厳しいのだが。
すると、少年は首を振った。
「違うよ。その……アメリアは平民には見えないけれど。どうして苺のお菓子を売っているの?」
その言葉にアメリアは驚いて足を止め、それに驚いた様子の少年も立ち止まった。
「私、平民に見えないの?」
まさかの評価だ。
アメリアのワンピースはデザインだけでなく生地だって使い込まれていて古い。
恐らくは使用人の古着と思しきこれらは、五宮に届けられた生活必需品のひとつだが、王女らしい装いでないことはわかっている。
既に着慣れているので何の問題もない上に、街に出る際には完璧な平民スタイルとして使えて優秀だと思っていたのだが……違ったのだろうか。
「だって、そんな綺麗な銀の髪、平民には滅多にいないよ。髪と瞳には魔力が宿るというし、魔力を持たない人が多い平民には茶色っぽい色が多いから」
そう言われてみれば、確かに街で見かける人はほとんど茶色の髪や瞳だった。
自分自身ではあまり見えないから、銀の髪が珍しいとはまったく思っていなかった。
これは、盲点だ。
今後の商売を考えても、悪目立ちは良くない。
目立ってほしいのは苺大福であって、アメリア自身ではないのだ。
「……こうなったら、髪を切った上で黒っぽく染めるしかないわね」
「――だ、駄目だ!」
解決案を口にしたアメリアに、少年は血相を変えて叫んだ。
「駄目って、何故?」
「だって。そんなに綺麗なのに、もったいないよ。星を紡いだみたいにキラキラして、見ているだけでも幸せなのに」
よくわからないが、どうやらアメリアの髪を惜しんでくれているらしい。
必要以上に褒めてくれているのは、商品価値を見出しているということだろうか。
「それじゃあ、切ったらあなたにあげようか?」
「だから、切らないで。頼むから」
必死の様子で金の瞳に見つめられ、何となく抗いがたいものを感じたアメリアは仕方なくうなずく。
同時に少年は深いため息をついた。
「……それで何故、苺のお菓子を売っているの?」
「お金が必要だから」
意味がわからないとばかりに眉を顰める少年に、アメリアはえへんと胸を張った。
「苺は凄いのよ。甘くて美味しいし。一時は飢え死にしそうなところをしのげたし。本当に、苺様々ね」
自慢するつもりで得意げにそう言ったのだが、少年の表情が一気に曇った。
「待って。……飢え死にって、何?」
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次話 飢え死にという言葉に食いついた少年は……?
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