苺姫の出会い
あれは、十二歳の時だった。
五妃が亡くなり五宮から出してもらえなかったアメリアだが、その日は国王の命令で王族は全員参加の舞踏会に参加していた。
四妃が用意したのはデザインが古く色も地味な上にお世辞にも可愛いとは言えないドレスで、プリスカに散々馬鹿にされたのを憶えている。
後見である四妃が用意して公式の場に出したのだから、国王もこの扱いで構わないと思っているのだろう。
もともとたいして交流のない相手だったが、父親にまで邪険にされているのだとわかったアメリアは悲しくなり、会場を抜け出して庭の片隅で隠れるように座り込んでいた。
「そんなに邪魔なら、舞踏会に参加させなければいいのに」
呟きながら近くの草をむしる。
五妃が亡くなって二年、使用人はどんどん減り、五妃の衣装や装飾品も消え、調度類までなくなり、しまいには食事すら届けられなくなった。
時々芋や小麦粉や砂糖などが届いたが、食べ盛りのアメリアには到底足りない。
農家の出だという老齢の侍女が畑を作って野菜を育ててくれなかったら、アメリアも数少ない使用人達も飢えて死んでいたかもしれない。
手伝いをしていたおかげで、アメリアも草むしりが上手になったし、料理もできるようになってきた。
「このまま何でもできるようになったら、王宮から追い出してくれないかな」
監禁されているアメリアではあるが、五宮から出るだけなら壁をよじ登ればいいだけなので、結構簡単にできる。
しかし、一度そうして五宮から出て王宮内をうろついているのが四妃に見つかった。
その後はしばらく食料もろくに届けられなくなったし、あまり実行する気になれない。
今日のドレスや今までろくに会っていないことから考えても、国王はアメリアに関心などない。
このまま五宮に残っていたら政略結婚でどこかに嫁ぐか、そのまま一生を終えるか、あるいは適当な時期に殺すのか。
何にしても未来はあまり楽しくなさそうだ。
「……私、生きている意味、あるのかな」
「――し、死んじゃ駄目だ!」
ぽつりと呟いた瞬間、目の前の植え込みから人影が飛び出してきた。
アメリアと同じくらいの年頃の少年は、鮮やかな青の上着を着て、金色の瞳をこちらに向けている。
王宮の庭という場所と服装から察するに、貴族の御令息だろう。
だが、ここにいる意味もわからないし、叫んだ言葉もよくわからない。
驚いて何も言えずにただ見つめていると、服にたくさんの葉をつけたまま、少年が近付いてきた。
「こ、これ」
たどたどしい口調でそう言うと、少年は白いハンカチを差し出す。
何かが刺繍してあるが、紋章だろうか。
すると、少年はハンカチをそっとアメリアの頬に当てた。
「これ、あげるから。泣かないで。……死んじゃ駄目だ」
アメリアは別に、死のうとしたわけではない。
だが金色の瞳にまっすぐに見つめられ、そのあまりの真剣な様子に思わずうなずくと、少年はほっとしたように息を吐く。
ハンカチが濡れているのを見て、ようやく自分が涙を流していたことに気が付いた。
「ねえ。君みたいな可愛い子が、どうしてこんなところで泣いていたの?」
少年はアメリアの隣に腰を下ろすと、そう言って首を傾げる。
整った顔立ちの少年に可愛いと言われ、アメリアの鼓動が少し跳ねた。
だが、尋ねられた内容に、一気に気持ちが暗くなる。
「私は邪魔みたい。苺を出すくらいしかできないし、仕方ないかもしれないけれど」
「苺?」
アメリアが手を出すと、そこにちょこんと苺がひとつ転がる。
艶々と輝く赤いそれを、少年に差し出した。
「ハンカチのお礼、これくらいしかできないの。ごめんなさい」
せめて甘くて美味しくなれと念じたが、そもそも苺を出すのが気持ち悪いようなら食べることもないだろう。
四妃やプリスカには地面に叩き落とされたこともあるし、少年がそういう反応を取ってもおかしくはないのだ。
しかし、アメリアの心配をよそに少年は金の瞳を輝かせて苺を受け取り、まるで宝物のように眺めている。
「苺を出すなんて、初めて見たよ。これ、魔法?」
「あ、うん。たぶん」
五妃は西瓜を出していたし、使用人達もそれを特に気にする様子もなかったので、アメリア自身深く考えたことはなかった。
「凄いよ。とても綺麗だ」
五妃と使用人以外に初めて褒められて、アメリアの心がほかほかと温かくなる。
すると、少年はためらうことなく苺を自身の口に放り込んだ。
「甘くて美味しいし、元気が出てくる。苺のお姫様――君の苺があれば、何でもできそうだね」
金色の瞳を輝かせて微笑まれ、今度は鼓動が一気に跳ねた。
どきどきして胸が苦しいのに、何だかとても満たされている。
こんなことは初めてだった。
「……俺自身には何もないから、羨ましいな」
少年の少し悲しそうなその言葉に、アメリアはハンカチを握りしめて立ち上がった。
「そんなことない! ハンカチをくれたし、苺を食べてくれたし、優しいし、格好いいもの。私は――あなた自身が好きよ」
ぽかんとしてアメリアを見上げる少年の様子から、ようやく自分が何を言ったのかに気付く。
初対面で格好いいし好きと叫ぶなんて、恥ずかしい。
きっと呆れただろうし、はしたない振る舞いだと軽蔑したかもしれない。
ぎゅっとハンカチを握りしめて俯くと、少年は立ち上がってアメリアの手をすくい取る。
何事かと顔を上げると、そこには金色の瞳が輝いていた。
「……俺も、好きだよ」
優しく微笑んだ少年は、そのままそっとアメリアの手に唇を落とした。
「俺は、リューク。君の名前は?」
「アメリア」
その名前を聞いたリュークは、金の瞳を星のように輝かせた。
ちょうど使用人が探しに来たためにそのままリュークと別れたアメリアは、夢見心地で会場に戻った。
四妃にハンカチを取り上げられ「まさかクライン公爵令息が」と忌々しそうに呟いたのを聞いてようやく我に返ったが、返してはもらえなかった。
その後も四妃はアメリアを五宮から出さないので、当然のようにリュークと会うこともできない。
五妃の形見のネックレスを握り締めて「昔に戻りたい」と泣く日々だったが、そこにアメリアとリューク・クライン公爵令息の婚約が決まったという知らせが届く。
リュークがアメリアを望んでくれたというだけで、生きる希望になった。
それ以降四年間、アメリアは公式行事にも出してもらえないどころか、五宮からすらまともに出ない生活を送った。
リュークに手紙を送っても返事は来ず、贈り物ひとつなかったが、それでも構わなかった。
プリスカにも散々、一応王女の端くれだからかわされた名ばかりの婚約だと言われ続けたが、結局四年間婚約が解消されていない。
プリスカの言う通り形だけ王女との婚約が必要だったのかもしれないし、今は他の好きな女性がいる可能性もある。
それでも、監禁され虐げられていたアメリアを支えてくれたのは、リュークとの思い出と婚約しているという事実。
そしてリュークが褒めてくれた苺だった。
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一昨日連載開始した「苺姫」ですが、転生転移異世界恋愛ランキング11位!
これも皆様のおかげです。ありがとうございます。
感謝を込めて、夜にも更新予定!
次話 街に行くと金の瞳の少年と再会して……?
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ありがとうございます。
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