金の瞳の少年と塩味のパン
「あんた達、何をしているんだ」
両手いっぱいに袋を抱えた店主は、荷物を置くと少年の隣に立ち男性達を睨みつける。
「店主以外が販売するのはルール違反だとか言って、彼女に罰金の支払いを迫っていた。もっと稼げる方法があるとも言っていたな」
少年の説明を聞いた店主の眉間には皺が寄り、視線と手の動きで、周囲の店主達が集まってきた。
「うちの可愛いお手伝いさんに、文句をつけて金を取ろうとは許せないね」
「客に説明をしているのかと思って見ていたが……そういうことなら、容赦はいらないな」
店主達は男性を囲むと、有無を言わさずにどこかに連れて行ってしまった。
あっという間の出来事に、アメリアはただ目を瞬かせるばかりである。
「悪かったね。少しの間だし周囲の目があるから大丈夫かと思ったけど……やっぱりお嬢ちゃんみたいな可愛い子は目立つからね」
店主は申し訳なさそうに謝っているが、アメリアの関心はそこにはなかった。
さっきから可愛いと言っているのは、もしかしてアメリアのことだろうか。
謝罪ぶんを差し引くにしても、先程の男性も言っていたし、もしかしてアメリアの容姿はそれなりにいいのだろうか。
だとしたら、リュークにも少しは可愛いと思ってもらえるかもしれない。
思いがけぬ情報に口元が緩みかけ、慌てて手で覆う。
謝罪されているのに笑うだなんて、あまりにも失礼だ。
どうにか誤魔化そうと咳ばらいをすると、店主に微笑んだ。
「大丈夫です。この人が助けてくれましたし」
そう言って少年を見れば、灰色の髪の少年の頬が少し赤らんだような気がした。
「君はお嬢ちゃんの彼氏かな?」
「あ、いや。俺は……」
困ったように首を振ると、灰色の髪がさらさらと揺れる。
こうして見てみるとかなり整った顔立ちだし身なりもいいので、裕福な商家の出なのかもしれない。
「何にしても助かったよ、ありがとう。これくらいしかないけど、お礼だよ」
そう言うと店主はアメリアと少年の手に香ばしいパンの入った袋を乗せた。
「それじゃあ、またおいで」
店主に手を振って立ち去るが、何故か少年も一緒についてくる。
そう言えばまだ直接お礼を言っていないと気付いたアメリアは、人の少ない噴水の前で立ち止まると少年を見据えた。
「さっきは、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、少年は微かに笑みを浮かべる。
「いいよ。それよりも、座ろう」
促されるままにベンチに腰かけようとして、手にしていたパンの袋の存在を思い出したアメリアは、それを少年に差し出した。
……本当は、食べたい。
こんなにバターたっぷりのいい香りでふかふかのパンなど、なかなか食べられない。
苺食品が出せるとわかった今、貴重な砂糖を消費しないでジャムも出せるはず。
甘い苺ジャムを乗せたパンを想像したアメリアの口元から、危うくよだれがこぼれ落ちそうになり、慌てて手で拭う。
「お礼をしたいけれど、何も持っていないの……いえ、いないんです」
「いいよ。君が無事なら十分。言葉も気にしないで。それよりも、ひとつ聞きたいんだ」
パンの袋を押し戻され少しばかり安堵していると、少年が真剣なまなざしでアメリアを見つめていた。
「……君の名前を、教えてほしい」
「名前? アメリアよ」
口にしてから偽名の方が良かっただろうかと気付いたが、今更だ。
たいして珍しい名前でもないし、今の格好からして王女だとばれることはない。
納得して少年の方を見ると、何故か目を丸くして固まっていた。
「ええと。パンがいらないなら……これを」
手を自身の背に隠しながら苺を出すと、それを少年に差し出す。
「きっと甘いし、元気が出るわよ」
大粒の艶々とした苺をじっと見ていた少年は、ゆっくりと手を伸ばすとまるで宝石を受け取ったかのように大事そうに眺めている。
気のせいか金の瞳が潤んでいるのだが、そんなに苺が好きなのだろうか。
「……また、会ってくれる?」
「え? あのお店にお菓子を届けるつもりだから、会えるかもしれないけれど」
「うん、ありがとう。これ、いる?」
そう言ってパンの袋を差し出されたアメリアの苺色の瞳がきらきらと輝いた。
言葉にせずとも歓喜の声が届いたのか、少年は微笑むとパンの袋をアメリアの手に乗せた。
「……またね」
少年に手を振って見送ったアメリアは、暫し香ばしいパンの香りを楽しんでいたが、ふと気が付いた。
「あ。名前を聞くのを忘れたわ。……まあ、いいか」
また会うようなら、その時に聞けばいいだろう。
「それにしても、綺麗な金色の瞳だったな」
整った顔立ちに美しい瞳、更に身なりからしてそれなりの家の出なのだろう。
となれば、当然女性にも人気のはず。
「リューク様の瞳も金色だったのよね。……やっぱり、モテモテなのかな」
顔や髪の色は憶えていないが、リュークの容姿も整っていた気がする。
その上公爵令息となれば、当然のように女性達も放っておかないだろう。
「だから、手紙の返事をくれないのかな。……私、邪魔なのかな」
曲がりなりにも王女であるアメリアとの婚約を、公爵家側から解消させるというのは難しい。
だから婚約したままなのに、何の反応もないのだろうか。
アメリアの方から愛想が尽きたと婚約解消を切り出してほしいのかもしれない。
少し寂しくなったアメリアは、パンの袋を開けて顔を突っ込むと、思い切り深呼吸した。
バターの豊潤な香りが肺を満たし、同時にささくれ立った心を優しく包み込んでいく。
心が乱れたのは空腹のせいだ。
パンを食べながら帰れば、きっと心は落ちつくはず。
満足して顔を上げたアメリアは、パンをひとつ取り出して残りの袋をバッグに押し込むと立ち上がって歩き出す。
――アメリアはリュークが大好きだ。
たとえこの気持ちがただの執着だとしても、彼の存在が生きる希望になった事実は変わらない。
プリスカからリュークの意思を守り、幸せになってほしいというのがアメリアの望みだ。
だから、リュークが望むのなら……婚約解消も受け入れよう。
「大丈夫。苺があれば、何でもできるわ」
呟きながら食べるパンは、やけに塩味がきいていた。
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昨日連載開始した「苺姫」ですが、転生転移異世界恋愛ランキング5位に上昇!
これも皆様のおかげです。ありがとうございます。
次話 アメリアと婚約者のリューク。二人の出会いは……!
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