番外編 頼りがいのある大人の男ですから
ヘルトは孤児院育ちだ。
とはいえ、孤児院での暮らしは悪いものではなく、お腹いっぱい食べられない以外は幸せと言って良かった。
家族の中でも一番仲が良かったのがヨハンナ。
灰色の髪に緑の瞳の彼女は、一歳年上だからとお姉さんぶっていてよく「頼りない」と子供扱いされていた。
それが悔しくて、ヘルトはことあるごとにヨハンナに宣言していた。
「いつか、頼りがいのある大人の男になって、ヨハンナを見返してやるからな!」
「はいはい。期待しないで待っているわ」
このやり取りを繰り返しながら暮らしていたある日、ヘルトに養子の話が舞い込む。
二つ返事で承諾して子爵家に入ると、優しい家族に見守られながら、ヘルトは騎士の道を歩み始めた。
一人前の騎士になって少し経った頃、ヘルトに聖女の護衛騎士という話がきた。
何でも聖女は王妃の一人として王宮に迎えられるらしく、その宮で警護にあたるのだという。
王のそばで警護をする近衛騎士に憧れていたヘルトは断ろうとしたが、決定権はこちらにはない。
仕方なく数人の騎士と共に顔合わせという名の面接に向かったヘルトの前に現れたのは、孤児院で別れたきりのヨハンナだった。
並ぶ騎士達に目を向けてヘルトに気付いたヨハンナは目を瞠り、そして困ったように笑った。
「何だか、聖女になっちゃった」
灰色の髪に、緑の瞳。
見慣れたはずのその色彩も、何となく遠く感じるのは孤児院では見たこともない綺麗なドレスに身を包んでいるからか。
あるいは、聖女だという尊さからなのか。
何となく他の騎士に任せるのも気が進まなかったヘルトは、ヨハンナの護衛騎士を引き受けた。
婚姻と共に早々に王女を生んだヨハンナだったが、それを境に体調を崩すことが多くなる。
花に果物に、菓子に本と、見舞いは届くが、国王が来ることは滅多にない。
「一応は五妃様も王妃の一人なのに。たまには見舞いくらい来てもいいのではありませんか」
たまたま二人だけだった時にそう愚痴をこぼすと、赤子を抱いて椅子に座っていたヨハンナは困ったように笑った。
「王妃は五人。しかも私は聖女だからと追加された、元孤児よ。燃えるような愛情があるわけじゃないけれど、別に冷遇されているわけじゃないし、公務優先なのは当然でしょう。それに私にはこの子がいるから、幸せよ」
そう言ってアメリアの頭を愛おしそうに撫でるヨハンナの笑みは穏やかで、それがヘルトには納得がいかない。
「……よく、わかりません」
不満を隠さず眉間に皺を寄せるヘルトを見たヨハンナは、くすくすと笑い続ける。
「お子様には、わからないわよね」
「子供扱いしないでください」
「はいはい。お子様は子供扱いが嫌いなのね。困った騎士様。ねえ、アメリア」
笑いながら頬を撫でられたアメリアは、キャッキャと声を上げて笑った。
だが、その後も体調は思わしくなく。
アメリアが九歳になる頃には、ヨハンナはすっかり寝台の住人となっていた。
「お母様。苺、出ました」
ベッドで体を起こしたヨハンナに、アメリアが両手いっぱいの苺を差し出す。
西瓜を出すという妙な魔法を使うヨハンナに似たのか、アメリアは苺を出せるようになっていた。
魔法というものの作用機序はよくわからないが、恐らくはどちらも規格外だ。
それでも、こうして母親のためにと一生懸命なアメリアを見て、使用人達は心が癒される思いだった。
――ヨハンナはもう、長くはない。
誰も口には出さずとも、それは明白で。
幼いアメリアですら、察しているのがわかった。
「とても沢山出したのね。凄いわ、アメリア。あとでいただくわね」
山盛りの苺は皿に乗せられて、ヨハンナのベッドサイドの机に置かれる。
頭を撫でられて、幸せそうに笑みを浮かべるアメリアは可愛らしい。
このままの生活が続いてほしいが……それが難しいということは、ヨハンナ本人が一番理解していたようだ。
他の使用人を下げて二人になると、ヨハンナはヘルトをじっと見つめて口を開いた。
「あなたは護衛騎士を辞めて、普通の騎士の道に戻った方がいいわ」
「……理由を伺っても?」
ある程度予想していたとはいえ、はいそうですかと従うわけにはいかない。
「いくら王女とはいえ、強い後ろ盾のないアメリアの立場は弱いわ。普通の騎士の方が出世の道がある。今なら聖女として私も後押ししてあげられるわよ」
そう言うと、アメリアの苺をひとつ手に取って眺めている。
キラキラと光を弾くその赤は生命力に溢れていて、眩しい。
「子爵家には弟が生まれましたので、跡継ぎ問題もありません。一度引き受けたからには、護衛騎士として務めるつもりです」
「どうしても?」
ヘルトがうなずくと、ヨハンナはため息と共に苺を皿の上に戻した。
「今ね、祈晶石に魔力をためているの」
そう言って首元の鎖を手繰り寄せると、その先には濃い緑色に縞模様が入った宝石が輝いていた。
「聖女は祈晶石をひとつだけ手元に置ける。だから、ありったけの魔力をこれに込めるつもり。……私がいなくても、アメリアを守れるように」
ヨハンナは石をぎゅっと握りしめると、再び胸元にしまった。
「本当は、私がずっとそばにいたい。成長を見ていたい。守ってあげたい。……でも、駄目みたいだから」
一度俯いたヨハンナは、顔を上げるとまっすぐにヘルトを見つめた。
その緑色の瞳の輝きに、目を奪われる。
「――アメリアを、お願い」
震える声告げるヨハンナの目が、微かに潤んでいるのがわかった。
それをじっと見ていたヘルトは、やがて小さく息をつく。
「……あなたが私を頼るのは、初めてですね」
「そうね。孤児院では、私の方が面倒を見ていたもの」
笑った拍子に涙がこぼれたヨハンナに、ヘルトはハンカチを差し出した。
「わかりました。引き受けます。たとえ何があろうとも――姫様のそばにいて、お守りします」
その言葉にほっとしたらしく、ヨハンナの目からは更に涙がこぼれる。
「ありがとう、ヘルト」
「頼りがいのある大人の男ですから。当然ですよ」
わざと偉そうに笑うと、ヨハンナは呆れたとばかりに目を丸くしている。
「それ、まだ憶えていたの?」
孤児院の時には散々言い合った言葉だが、確かにかなり昔のことだ。
「……幼少期の初恋というものは、影響が大きいのですよ」
ヘルトが告げた意味を理解したのか、しないのか。
暫しの間をおいて、ヨハンナのため息が部屋に響いた。
「そう、か」
「そうです」
即答するヘルトに、ヨハンナがぎゅっとハンカチを握りしめる。
「……ねえ。名前を呼んでくれない? あなた、再会してからずっと私のことを五妃って呼ぶでしょう」
「それはそうです。あなたは間違いなく五妃ですからね。それに聖女であり主である人を、一介の護衛騎士が名前で呼ぶなど」
「――お願い。……西瓜をあげるから」
そう言うが早いか、ヨハンナの手の上には西瓜が乗っているが、片手でも余裕で持てそうな大きさだ。
かつては人の頭ほどの大きさの西瓜を出していたことを考えれば、ヨハンナが弱っているのは明らかだった。
「わかりましたから、もう西瓜を出さないでください。消耗しますよ」
「でも、西瓜があれば話が通じるでしょう?」
真剣に訴えられるが、まったく理屈がわからない。
ヘルトの知らぬ間に西瓜を出して聖女になっていたヨハンナだが、どうも西瓜に対する信頼が篤すぎる。
「ヨハンナ様」
「様は、いらない」
「……ヨハンナ」
その名前を呼び捨てにするのは、恐らく孤児院以来だ。
そう思うと、これまでの人生が一気によみがえって、何だか胸が詰まる。
「ごめんね、ヘルト。ありがとう。……あなたがいてくれて、良かった」
笑顔と共に、ヨハンナの頬を涙がつたう。
「その言葉だけで、もう……十分です」
ぎこちなく笑みを返すヘルトに、ヨハンナはただうなずく。
……そうして、アメリアが十歳になった年。
ヨハンナは静かに天に召された。
「ヘルト、おかえり。ねえ、門番さん達、苺を食べた? 迷惑だったかな。もう渡さない方がいいと思う?」
門から帰ったヘルトを出迎えたアメリアは、そう言って苺色の瞳でじっと見つめてくる。
門番達は険しい顔で苺を受け取っていたので、心配になったのだろう。
王女でありながら使用人に苺を差し入れする時点で優しいが、更に相手の迷惑にならないかも考えることができる。
ドレスや化粧で飾り立てて使用人に無理を押し付ける四妃母娘に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいところだ。
……いや、やっぱり駄目だ。
アメリアの爪の垢をあげるだけの価値もないので、却下。
あの母娘には、肥料を撒いた畑の泥水でも飲ませておけば十分である。
「大丈夫ですよ。食べていましたし、姫様の苺は美味しいに決まっています」
心配無用と伝えたくてそう告げるが、アメリアの眉間には何故か皺が現れた。
「それは、ヘルト基準でしょう? ……でも、嫌がってはいないのよね。良かった」
嫌がらないどころか、喜んで食べているが、それを正直に伝えるわけにもいかない。
下手に門番と親しくなると、四妃の機嫌を損ねて待遇が悪くなりかねないし、門番やその家族の身も危ういからだ。
「嫌がるはずもありませんよ。ただ、姫様の苺は尊いですから、もったいないです。時々で十分でしょう」
完全に差し入れを止めてしまうと、それはそれでアメリアが悲しむし、門番達にも恨まれる。
中間をとって穏便に説明したつもりだったが、それを聞いたアメリアが何度もうなずき始めた。
「そうか、なるほど。苺ばかり食べたら、飽きるわよね」
「まさか。姫様の苺でしたら、毎食でも食べられます」
「だから、ヘルトの基準はちょっと違うのよ」
正直に訴えたのに、違うとは一体どういう意味だろう。
「……ねえ、ヘルト。護衛騎士を辞めて、普通の騎士の道に戻ってもいいのよ?」
アメリアの口から出たまさかのセリフに、ヘルトは瞬く。
それは、いつかヨハンナに言われたのと同じ言葉だ。
ただし、アメリアの場合には行ってほしくないというのが表情と態度で丸わかりではあるが。
仕方のない王女様だな、とヘルトはため息をつく。
「私は五妃様より姫様をお守りするよう命じられておりますので、おそばを離れません」
それを聞いたアメリアの瞳はぱあっと明るく輝き、嬉しそうに微笑む。
「ごめんね、ヘルト。ありがとう。……ヘルトは優しいから、頼っちゃうのよね」
呆れたような、それでいて信頼を感じさせるその笑顔にヨハンナの面影が重なり、知らずヘルトの口元が綻んだ。
「そうですよ。――私は、頼りがいのある大人の男ですからね」
イケオジ番外編はこれで終わりです。
よろしければ感想等いただけると嬉しいです。
(構ってもらえると喜んで色々書きますw)
現在「未プレイの乙女ゲームに転生してしまいました」第5章連載中。
よろしければ、こちらもどうぞ。





