虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う
「本当に可愛い。とても似合っているよ、アメリア。……こっちに来て」
手を引かれて中庭に出てみると、いつの間にか日は暮れ始め、赤みを帯びた日の光が空を染め上げていた。
夕日で赤く染まった花も美しく、風に乗って甘い花の香りが届く。
五宮は畑の手入れで手いっぱいなので、こういう愛でるための庭園というものには慣れていない。
それでも綺麗な花を見れば幸せな気持ちになるもので、知らずアメリアの口元が綻んだ。
「……綺麗」
「アメリアの方が綺麗だよ」
「うえっ!?」
ひとりごとにまさかの答えが返ってきたせいで、妙な声が漏れてしまった。
動揺するアメリアを見て微笑むと、リュークはそのまま頭を下げてきた。
「まずは、謝らせて。アメリアの大切な形見のネックレスを壊して、ごめん」
「え、ああ。そういえば……」
正直、それどころではなくて忘れていた。
「でもあれ、宝石でしょう? 何故、硝子みたいに粉々に割れたのかしら」
宝石にも硬さの違いはあるだろうが、いくら何でもあんなに綺麗に割れるものだろうか。
「ループ前の時点で既にひびが入っていたか、力を使い切って宝石ではなくなったのかもしれない。あれが存在する限り、第五王女はループのために狙ってくる。だから、目の前で壊しておきたかったんだ」
「そうか、ループ……って」
この時点のリュークはアメリアとは音信不通状態なので、当然ループのことも祈晶石のことも知るはずない。
……ということは。
「リュークも?」
目を見開くアメリアの手をすくい取ると、金の瞳が細められる。
「ああ。一緒にループした。俺は苺売りのアメリアを見ている、リューク・クラインだよ」
そう言うと、恭しく手の甲に唇を落とす。
恥ずかしさと嬉しさと疑問が混ざって、頭が爆発してしまいそうだ。
「で、でも、何で?」
今までのループではプリスカとアメリアだけだったし、あの時周囲には他の人も沢山いたのに。
「それはきっと、これのおかげ」
リュークが首元から手繰り寄せたネックレスには、宝石がついていた。
その透明な石の中には、淡い赤色の物がきらめいている。
「……苺水晶?」
「そう、アメリアの祈晶石だよ。これがあったから。アメリアと離れたくないと願ったから。きっと、一緒にループできたんだと思う」
五妃の祈晶石がループの力の源だというのなら、確かにアメリアの祈晶石に同じような力があってもおかしくはない。
ましてリュークがアメリアを望んでくれたのなら、それを手助けするのは当然とも言えた。
「でも、陛下に提出したのに」
「石は二つあった。陛下に提出したのは二つ目。これはアメリアが最初に生んだ祈晶石。俺を信じて一緒に戦うと言ってくれた時のものだよ」
そう言われれば、確かに二つ出した気がする。
どちらもリュークにあげたので、すっかり忘れていた。
「アメリアの言う通りだったね。『苺があれば何でもできる』って」
リュークが苺水晶をつまんで空にかざすと、夕日を浴びて茜色にきらめいた。
「この苺水晶のおかげで、俺はアメリアと離れずに済んだ。第五王女は祈晶石を生めないみたいだし、彼女にとっての唯一の祈晶石は壊れた。もうループで邪魔されることはない」
プリスカも王女でありヒロインである以上、聖女の資質はあるのかもしれない。
だが、祈晶石を生めないのは恐らく間違いないだろう。
あれだけ自分に自信があってアメリアを見下しているプリスカが、アメリアに祈晶石を生ませようとしたのはそういうことなのだと思う。
「アメリアが聖女であることは、この時点では判明していない。いずれは公表するにしても、結婚して一緒に住んでからにしようね。それなら、第五王女もそう簡単には手が出せない」
「け、結婚」
確かに、クライン公爵家に行ってしまえば、四妃やプリスカが手出しすることは難しくなる。
そもそもプリスカはアメリアが一緒にループしていたことに気付いていないはずだ。
アメリアの祈晶石がループの力を持つとは限らない上に、聖女になる手助けをするとも思えない。
「それから、この四年間で奪われたものも取り返そう。物は戻って来なくても、横領の事実を明らかにすることで陛下に事情を知ってもらえる。監禁は陛下の指示ではないとわかっているし、ループ前のやり取りからして相応の罰を与えてくださるだろう」
「でも、今からもう一度調べ直すの?」
あの二人を許すつもりはないが、激しく憎悪しているわけでもない。
アメリアとしてはリュークとヘルトが無事で、今後あの二人が関わって来なければそれで十分なのだが。
「既にほとんどの証拠をつかんでいたし、陛下に提出できるよう書類も仕上げていた。全部俺の頭の中にあるから、すぐに準備できるよ」
「全部って。だって、四年間よ?」
簡単に言っているが、既に出来上がっている書類の内容を憶えるだけでも、かなり凄いのではないだろうか。
「そうだよ。本来、アメリアと共に過ごすはずだった俺の四年。そして、衣食住に困ることなく過ごせるはずだったアメリアの四年。……そのぶんの報いは、しっかりと受けてもらわないとね」
にこりと微笑む顔は麗しいが、何となく怖いのは気のせいだろうか。
「それに、しっかりと釘を刺しておかないと、ああいう連中は同じことを繰り返す。ちょっと太めの釘を多めに打ち込むくらいで、ちょうどいいよ」
言っていることはわからないでもないのだが……何だろう。
たぶん、釘の太さはアメリアの想定以上のような気がする。
まあ相手は妃と王女なのだから、やばいことにはならないだろう……と、思いたい。
「それで、何故このドレスがあるの?」
リュークも一緒にループしたのなら、この短時間で使用人やドレスを手配するのは不可能だ。
明らかに新しいので誰かのお古という感じでもないし、一体どうなっているのだろう。
「もともと、この時の俺はアメリアのドレスを用意していたんだよ」
「え?」
「病弱だからきっと参加できないし、ドレスもいらないと四妃に言われていた。それでも諦められなくて、用意をした上で五宮に迎えに行ったんだ。……まあ、その時は門の前で追い返されたけれど」
「そう、なの……?」
婚約以来ずっと超塩対応で、アメリアには関心がないと思っていた。
それは誤解とすれ違いだったとわかったが、まさかそこまでしてくれていたなんて。
「言っただろう? 俺はずっとアメリアが好きだった、って」
にこりと微笑まれれば、嬉しさが胸に詰まって苦しくなる。
思わず手を胸に当てようとすると、いつの間にか手のひらには苺が一粒現れていた。
「邪魔されてすれ違った四年……アメリアにとっては七年。決して短くない時間だったけれど、ここからはやり直せる」
リュークはアメリアの手から苺をつまんで口に放り込むと、笑みを浮かべる。
「今からもう一度。この舞踏会から二人の時間を取り戻そう」
「――うん!」
間髪入れずにうなずくと、リュークはアメリアの手をすくい取り、その場にひざまずいた。
「私、リューク・クラインは、その生涯の愛を――アメリア・グライスハールに捧げます」
まっすぐに見つめられた金の瞳は美しく、気のせいか少しばかり潤んでいる。
「……泣いているの?」
「泣いていない」
空いている手で目をこするリュークを見て、心から大切に想ってくれているのだと実感して、アメリアの口元が綻んだ。
「……俺と、結婚してくれるね?」
「――はい!」
返事するが早いか、アメリアは思い切りリュークに抱きついた。
あまりの勢いに少しよろめきながら受け止めると、リュークの手がアメリアの頬を撫でる。
――初めてのキスは、甘酸っぱい苺の味がした。
「苺姫」完結です!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
完結記念に初スペース開催するかもです。
詳しくは活動報告をご覧ください。
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