正しい道は
それはつまり、本来のリュークルートに戻すということだろう。
ヒロインからの宣言に、アメリアの肩が小さく震えた。
「正しい道、ね。アメリアを攫って、婚約解消させるつもりでしたか? それとも、祈晶石を生ませるつもりで?」
苦笑するリュークの言葉が想定外だったのか、自信満々だったプリスカの表情が微かに曇る。
「殿下が持っているのは先代の聖女である五妃殿下の祈晶石です。どう言い繕っても、じきにばれますよ」
「何を言っているのですか、私は聖女ですよ? あれは私の祈晶石です!」
よくもまあ、人の物を盗っておいて堂々と言えるものだ。
その図々しさに少し感心してしまうが、それくらいでないとヒロインは務まらないのかもしれない。
「それは、どうでしょうね。気位が高く傲慢な殿下が、自分の祈晶石を見せびらかさないとは思えません。それができないのは、ご自分の石を生めないからでは?」
丁寧な言葉づかいではあるが、リュークの言っていることもなかなか凄い。
「……わかりました。そうまで言うのなら、リューク様にはこれをお見せします」
ため息をついたプリスカは首元からネックレスを取り出し、手に乗せて差し出した。
「近くでご覧になれば、この石が私のものだとわかります」
リュークは神官ではないので、恐らくは祈晶石かどうかもしっかりと確認することはできない。
実際にアメリアの時も最終確認はできていなかった。
それを見ただけで、何がわかるというのだろうか。
国王の前でもあまり見せたくない様子だったのに、どういう心境の変化なのかわからない。
リュークが一歩、近付く。
それを見て、プリスカが微笑んだ。
――嫌そうに近付く少年、プリスカが顔を近付け、次の瞬間にプロポーズをする。
何度も見た光景が、アメリアの脳内によみがえる。
そうだ、国王生誕の舞踏会でプリスカに近付いた男性は皆プロポーズした。
今はあの舞踏会ではないが、既にリュークルートとはだいぶ異なる進行のようだから、何があってもおかしくはない。
現に、ヒロインであるプリスカは言ったのだ。
正しい道に戻す、と。
「リューク」
思わずその名を呼ぶと、灰色の髪の美少年は振り返る。
金の瞳が細められ、その笑みに抗いがたい何かを感じたアメリアは口を閉ざす。
リュークには既にプリスカの行動は伝えてある。
顔を近付けると様子が一変してプロポーズすると知っているのだから、気を付けるはずだ。
それなのに何故、こんなにそわそわするのだろう。
……いや、待て。
このループの力の源は、祈晶石だ。
それならば、あの心を捻じ曲げるような力の源も同じなのかもしれない。
今まで顔を近付けてキスしているのだろうかと思っていたが、あの時近付いて男性達を変えたのはプリスカではなく、祈晶石だとしたら……?
「――リューク!」
その可能性に気付いて声を上げるのと、プリスカの手に乗せた祈晶石にリュークが触れるのは、ほぼ同時だった。
愕然とするアメリアに、プリスカは満足そうな麗しい笑みを送る。
「……これでもう、リューク様は私のものです」
ネックレスを再び首につけるプリスカを、アメリアはただ見ていることしかできない。
「残念でしたね、お姉様」
俯いたまま何も言わず動かないリュークに対して、プリスカは勝ち誇った笑みを浮かべている。
今まで最終的にプリスカに落ちない男性はいなかった。
ということは、リュークも……。
アメリアの心が挫けそうになったのが伝わったのか、警備兵達の下半身を完全に固めていた飴に一気にひびが入る。
「ああ、あなた達。そのまま待機してくれます? 今から素敵なことがあるので、観客は多い方が楽しいですから」
四宮の主の一人である王女に命じられた警備兵達は、苺ジャムまみれの頭のまま、その場で姿勢を正す。
「さあ、リューク様。あなたが大切に想う人に、皆の前で愛を告げてください」
「……ああ」
プリスカに声をかけられたリュークは、胸のあたりを押さえると、俯いたまま短く返事をした。
……ここまで頑張ったのに、結局はヒロインとこの世界の理に逆らえないのか。
リュークの意思を守ることができなかったのは、悔しい。
殺されるのかもしれないのは、怖い。
でも何よりも、リュークの心にもうアメリアはいないのだと思ったら寂しくて視界が滲み始める。
リュークは顔を上げると深呼吸をし、金色の瞳をまっすぐにアメリアに向けた。
「私、リューク・クラインは、その生涯の愛を――アメリア・グライスハールに捧げます」
しんとした中に、良く通る声が響く。
「……え?」
「……は?」
想定外の内容に動けずにいると、アメリアの目の前にやってきたリュークがその手をすくい取った。
「好きだよ、アメリア」
手の甲に唇を落とすと、にこりと微笑む。
その瞳の優しさに、アメリアの知っているリュークのままなのだとわかって、更に視界がぼやけていく。
「……泣かないで」
「泣いていないわ」
唇を噛みしめるアメリアの顔にリュークの手が伸び、涙を攫っていく。
「本当に、リューク?」
「うん。……ちょっと危なかったけれど。アメリアのおかげで助かった」
ということは、名前を呼んだのが刺激になったのだろうか。
「……良かった」
「うん。ありがとう」
アメリアの頭を撫でる手は心地よくて、更に涙が滲みそうになるのをどうにか堪える。
「何ですか、それ。どういうことです? だって、ちゃんと……」
プリスカが混乱しながらネックレスを見ているが、その様子からしてやはり祈晶石に触れることが男性達の変化の理由だったのだろう。
仕上げとばかりにアメリアの頭を撫で回したリュークは、名残惜しそうに手を放すと、プリスカに視線を移した。
「さて。殿下が本当に聖女かどうかの判定は、陛下と神殿に任せるとして。アメリアに危害を加えるのは見逃せません。このまま陛下に報告して、アメリアは我が邸にお招きしようと思います」
「ええ⁉」
一度聞いた内容とはいえ、まさか本当に実行するとは思っておらず、アメリアの口から変な声が漏れた。
「だって、五宮にいても同じことになるよ。ヘルトは使える方だと思うが、あの広さを一人だけで警護するのは無茶だ。それに増員しようにも信頼できるかどうかの確認が手間だし。うちに来た方が早いよ」
「で、でも」
話の筋は通っているのだが、アメリアの心がついていけないのだ。
「ああ、ヘルトはそのままうちに来てくれていいけれど。どうする?」
「お言葉に甘えさせていただきます」
間髪入れず返答しているが、ちょっと待ってほしい。
「せっかくの自由になれるチャンスよ?」
「私は五妃様より姫様を頼まれておりますので。不要だと叩き出されない限りは、おそばにおります」
侍女でしかない格好で騎士然とした礼をされ、何だか心が落ち着かない。
「話はついたようだな。まずは、陛下のところに――」
「――駄目です」
鋭い声がリュークの言葉を遮ったかと思うと、プリスカが可愛らしい顔を歪めてこちらを睨みつけている。
「お姉様がリューク様と結婚? 私がリューク様を選んであげたのに? そんなの駄目です、正しくありません」
そう言うと、首元のネックレスを引きちぎるように外す。
「私が世界の中心で愛されないというのなら、このルートは間違いです。……もう一度、やり直します」
やり直す――ループのことか。
それに気付いたリュークがすぐに駆け寄って手を伸ばすが――遅い。
プリスカの笑みと共に、アメリアの視界は真っ白に染め上げられた。
「苺姫」も終盤。
今後については、活動報告をご覧ください。
次話 白い光に包まれたアメリアが見たものは――。
第8回ネット小説大賞を受賞作
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