男飴は苺果汁百パーセント
「侵入者はとらえろとの御命令だ。大人しくしてもらおうか」
警備兵の言葉に、アメリアの背筋が寒くなる。
アメリアはプリスカか四妃の命令で攫われてここにいるし、リュークとヘルトはそれを助けに来てくれた。
だが、ここは四宮の中だ。
プリスカ達が「知らない」と言えば、それがまかり通るだろうし、そうなればただの侵入者でしかない。
一応は王女であるアメリアや公爵令息のリュークはまだしも、ヘルトは厳しく罰されてしまうだろう。
護衛騎士が女装して侵入しているなんて、怪しい以外の何物でもないではないか。
心配になって見つめる視線に気付いたのか、ヘルトはちらりと振り返って微笑んだ。
「大丈夫です、姫様。ここは私が食い止めますから、お二人で先に行ってください」
「駄目よ」
ヘルトは素手な上に女装しているのに対して、相手は複数で武装しているのだ。
放っておけるはずもない。
とにかく男達を足止めさえできれば、三人で四宮から出られる。
「強気な侍女だな。俺達が可愛がってやろうか」
男たちの揶揄する言葉に、ヘルトのこめかみがぴくりと引きつった。
「いくらヘルトが色っぽいからって、駄目よ。私が可愛がるんだから!」
「……姫様、その表現はちょっと」
「アメリア、意味がわかって言っている?」
男達に怒ったつもりなのに呆れられている様子なのは、何故だろう。
「ヘルトに着せ替えをして楽しむのは、私の特権よ!」
「まあ、そうなりますよね。姫様なら」
「それもどうかとは思うけどね。とにかく、ここから出ないと話にならないな」
確かにその通りだ。
まずは四宮から出るのが先決なので、ヘルトのお色気着せ替えタイムはその後だ。
「何か、足止め……無効化するもの……」
アメリアが呟くのと同時に、警備兵の頭上に苺が降り注ぐ。
「……何だ、これは」
ポコポコという軽快な音を立てて頭に当たるそれに、困惑の声が漏れた。
「アメリア」
「姫様」
こちらも困惑の声を返されたが、アメリアだって同じなのだが。
「違うわ。これじゃ、ただの果物のお裾分け。そうじゃなくて、もっと足止めを……」
言葉が終わる間もなく、今度は警備兵の頭に大量のジャムが落ちてきた。
「うわああ⁉」
突然の苺ジャムに、さすがに動揺を隠せないらしい。
「アメリア」
「姫様」
もはや、ただの嫌がらせでしかない事態に、二人の表情も曇り始めている。
「ま、待って。もっと、こう、いい感じのやつを」
苺があれば何でもできるのだから、とにかく足止めや動きを止めることを考えなければ。
現状、一番危険なのは警備兵が腰に佩いている剣の存在だ。
まずは、あれを封じてしまいたい。
「鞘を器と見立てて、苺飴! 水分少な目で!」
だが、叫ぶアメリアに対して、特に何が起こるでもない。
連続苺でそれなりに警戒していたはずの警備兵達も、ため息と共にジャムまみれの髪をかきあげた。
「何だかよくわからないが、大人しくするんだな。さもないと……」
警備兵が剣に手をかけるのを見て、ヘルトとリュークが緊張し、すかさずアメリアを背に庇う。
「……あ、あれ⁉」
だが、続いて耳に届いたのは剣を抜く音ではなく、警備兵の間の抜けた声だった。
リュークの背からちらりと覗いてみれば、どうやら剣を抜こうにも動かないらしい。
よくよく見てみると、剣の鞘から水飴がはみ出て固まっている。
「あ、意外と水飴効果あり? じゃあ、もっと固まった、大きな苺飴!」
アメリアの叫びと共に警備兵達の足元から赤い水飴が下半身を這い上り、そして一気に固まった。
「アメリア……」
「姫様……」
「さすがは苺。苺があれば何でもできるというだけあるわ」
感心するアメリアに対して、二人は若干引き気味だ。
「あれのどこに、苺が……?」
リュークの呟きに、アメリアもふと考える。
「そう言われれば、苺飴は中に苺だから苺飴。ということは、これは……男飴?」
実に美味しくなさそうだなと思うが早いか、警備兵達の下半身を覆っていた水飴にひびが入り始めた。
「え、待って! 水飴に苺の果汁が入っているかもしれないから! いえ、入っているわ。――滅茶苦茶、入っている! 苺果汁百パーセント!」
アメリアの叫びに呼応するように、今度は一気にひびが水飴で覆われた。
よく考えれば果汁百パーセントならただの果汁なので、水飴ではない。
ということは、実際の果汁の割合云々というよりも、アメリアの心の持ちようなのだろう。
「……魔法はイメージが大切ってことね」
「イメージといいますか……姫様の場合には何か違う気もしますが」
「――これは、どういうことですか⁉」
男飴の後ろからやってきたのは、侍女を引き連れたプリスカだ。
アメリアの姿を見て眉間に皺を寄せたプリスカは、何やら報告をする男飴に構うことなく、そのまま視線をリュークに移した。
「リューク様。私に会いにいらしたと伺いましたが」
「俺はアメリアに会いに来ました。殿下の名前など口にしていませんし、アメリアを連れ帰るだけです」
その一言で、更に眉間の皺を深める。
アメリアのところに来た服とは違うところを見ると、リュークの訪問に合わせて着替えたのだろう。
「……行かせると思いますか?」
「今なら、アメリアと俺が挨拶に来たと言って誤魔化すこともできます。聖女であり王女であるアメリアを拉致監禁したとなれば、たとえ王女であってもお咎めなしとはいかないでしょう?」
脅しともとれるリュークの物言いにざわめく侍女を手で制すると、プリスカは微笑みを浮かべた。
「聖女は、私です。リューク様はお姉様に騙されているのですよ。おいたわしい。……私が、正しい道に戻して差し上げます」
「苺姫」もそろそろ終盤。
今後については、活動報告をご覧ください。
次話 プリスカが、ついにあの力を――!?
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