再会と苺の功績
いつでも侍女をぞろぞろと引き連れているプリスカが一人で来たのだから、それができる場所ということだ。
王宮内、恐らくは四宮の中だろう。
それならば、この建物から外に出れば、五宮に戻ることも、王宮から出ることも可能なはず。
「まずは、この縄を外さないと」
どうにか体を起こすと、プリスカが投げた皿の破片を後ろ手に縛られた手で拾う。
見えないので何度か痛みが走ったが、今はそれを気にしている場合ではない。
ある程度縄に傷をつけたら、後は力を込めて引きちぎる。
王女ということでそれなりに加減してくれていたのかも知れないが、今はありがたい。
ようやく自由になった手を見てみれば幾筋もの傷から血が滲んでいるが、この程度の傷は放っておいても問題ない。
まずはここから脱出するのが先決だ。
四宮の構造は知らないが、少なくともまっすぐ進めばいつかは壁に到達する。
あとはよじ登ればなんとかなるだろう。
ヘルトには散々苦言を呈されたが、長年の壁登りが役に立った。
次は足の縄を切ろうと血のにじんだ手で皿の欠片を持つと、急に人の声が耳に届く。
男性の声だが、もしかすると見張りかもしれない。
扉の前にいるだけでも邪魔だが、部屋に入られれば縄を切ったことがばれてしまう。
今更縛られているふりもできないので、とにかく早くしなければ。
焦って皿の欠片を握り締めたせいで手から血が滴ってきたが、今はそれどころではない。
どうにか縄を切って立ち上がった瞬間、扉が勢いよく開く。
咄嗟に手にしていた欠片を人影に向けるが、それよりも早く大量の苺が降り注いでいた。
「うわっ!?」
その声と苺の隙間から見える灰色の髪に、苺が降り止む。
頭を覆っていた手の奥には、金色の瞳があった。
「リュ―……」
「――アメリア!」
アメリアが名前を呼ぶよりも早く腕が伸び、その中にとらえられる。
ふわりと甘い香りがするのは、苺のせいだろうか。
嬉しさと安心感で頭をリュークの胸に預けると、更にぎゅっと力強く抱きしめられた。
「……会えて良かった。大丈夫? 怪我は?」
ようやく腕を緩めてアメリアの顔を覗き込むと、その表情が一気に険しくなる。
「血が」
そういえば皿の欠片が頬をかすめた気がしたが、あれで血が出ていたのだろうか。
「だ、大丈夫よ⁉」
何せ、指摘されるまで気づいていないくらいなのだ。
慌てて手を振ると、今度はその手を掴まれる。
皿の欠片を散々握りしめたせいで、アメリアの右手からは血が滴っていた。
「手も」
「これは、縄を切るのにちょっと」
「縄⁉ 手首が赤いのは、そのせいか」
安心してもらおうと説明したはずなのに、かえってリュークの眉間の皺が深くなるばかりだ。
気のせいか瞳まで潤んでいる気もする。
「泣いているの?」
「泣いていない!」
リュークは自身の涙を手で拭うとハンカチを取り出し、アメリアの頬をそっと押さえると、器用に右手に巻き付けた。
「今はとりあえず、これで。まずはここを出よう」
「うん」
左手を繋いで扉から出ると、廊下の向こうから侍女らしき姿がこちらに向かってくるのが見える。
「――姫様!」
四宮の侍女に見つかると面倒だと走り出そうとした時、聞いたことのある声が廊下に響く。
あっという間にそばに駆け寄ってきた侍女……の姿のその人は、歓喜の顔をアメリアに向けた。
「……ヘルト。どうしたの、それ」
長年一緒にいる護衛騎士は、侍女の服を身に纏った上にカツラまで被っている。
何が恐ろしいって、それなりの年齢の男性なのに、ちょっと似合っているところだ。
歴戦の戦士ならぬ、ベテランの侍女とでもいうのだろうか。
恥じらって俯く様に、妙な色気すら感じてしまう。
「これは、その、色々ありまして。姫様の御前で失礼だとは思いますが、緊急時ですので」
このまま頭を下げ続けたら土下座でもするのではないかという謝り方に、アメリアも慌てる。
「あ、うん。何だかごめんね、私のせいよね。でも無事で良かったわ。――大丈夫よ、ヘルト。かなり似合っているから! 色っぽいと思うわ!」
「……アメリア。それ、あまりフォローになっていないよ」
「姫様はお優しいので。とにかく、四宮から出ましょう」
逆にヘルトに気を使わせてしまったようで、ちょっと情けない。
リュークに手を引かれて走り出すと、ヘルトがその前に出る。
後姿は上背のある侍女にしか見えないので、頭の中が混乱しそうだ。
「やっぱり四宮なのね。でも、どうしてここにいるってわかったの?」
「建物の入り口付近が苺だらけで果汁まみれだったので、足跡がしっかりと見えました。それから、苺の蔓がはびこっていて、それを追うと四宮と五宮を隔てる壁に向かって伸びていました。どうやら奴らは壁を乗り越えて侵入したようです」
まさかの苺の功績に、やはり苺は素晴らしいなと感心してしまう。
「でも、どうしてリュークが?」
「向こうが馬鹿なのはわかっていたから。念のため五宮の外に見張りを置いておいたし、王宮内に泊まれるよう手配しているところだった。護衛騎士が一人で四宮に行っても、良くて門前払い。四妃次第では不敬罪でとらえられる。だから、俺の侍女という形で四宮に入ってもらった」
見張りは以前にも聞いたことがあるが、まさか王宮に泊まるつもりだったとは。
「でも、何と言って訪問したの?」
「会いたい人がいる、と言っただけだよ。……何だか、妙な勘違いをしているみたいだったけれど。支度するから待てというので、抜け出してきた」
四宮にリュークが訪ねてきてそう言ったのなら、プリスカに会いに来たと勘違いされてもおかしくない。
……いや、「誰に」と言っていないあたり、恐らくはわざとなのだろう。
「門ばかり警戒していた私の落ち度です。申し訳ありません」
「そんなことないわ。ヘルトは一人で頑張ってくれているし、壁を超えてくるなんて思わないもの。……でも、四宮って隣だったのね。知らなかったわ」
確かに数字の順番としては隣でもおかしくないが、何せ入り口である門は遠く、とても隣だとは思えなかった。
「門の配置や壁の形は、警備上の理由もあって複雑ですからね。知らない人の方が多いかもしれません。――とにかく、今は四宮を出ましょう。ここの主は四妃様ですから、陛下もあまり強く出られません。何かあると面倒です」
ヘルトについて建物から庭に出ると、すぐにリュークがアメリアの前に出る。
何事だろうと見てみれば、リュークの前にはヘルトが立ち、その奥には警備兵と思しき男性達が並んでいた。
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