私、聖女だったみたい
「あの石が祈晶石で、私が聖女って……リュークは知っていたの?」
五宮に送ってもらいながら、アメリアは気になっていたことを尋ねてみる。
途中まではアメリアの知識でもわかることだったが、聖女それぞれに石が異なるとか、明らかに普通は知らないようなことまで言及していた。
アメリアの苺水晶が祈晶石だとわかった上で話していなければ辻褄が合わないが、だとしたら一体いつそれに気付いたのだろう。
だが、真剣に尋ねるアメリアを見て、リュークは何故か苦笑している。
「あのね。普通に考えて、苺を出す時点でかなり特殊だよ? しかも、苺そのものどころか、調理済みの物まで出る。王族で聖女の娘というのはあるだろうが、アメリアが魔力に恵まれているのはすぐにわかる」
「そ、そうなの?」
小さい頃から苺は出していたし、五妃も普通に西瓜を出していた。
ヘルトも使用人達も特に驚くことはなかったので、それほど珍しいことだとは思っていなかったのだ。
日本の記憶を取り戻して、苺が出るなんて不思議だなとは思ったことがある。
それでも自分が特殊だと思うことはなかった。
「最初の苺水晶を貰ってから、すぐに調べた。その時点で祈晶石の可能性が高いとわかっていたが、確定するには神殿の高位の神官に見てもらう必要がある。でも、神殿関係者が中立で、きちんと鑑定してくれる保証がないから、どうしようかと思っていたんだ」
確かにプリスカが過去のループで聖女と呼ばれていたことはリュークに伝えてあった。
そして神官長の子息にプロポーズされたことがあるとも。
今回はリュークルートとはいえ、神殿関係者にプリスカの影響がまったくないとは言い切れない。
「第五王女の持つ祈晶石が先代の物で、本人は聖女ではないと確実に証明できれば、苺水晶を出さずに済んだけれど。アメリアを奪われる可能性があったから仕方がないとはいえ、急に聞いたら驚くよね。事前に伝えられなくて、ごめん」
「そ、それはいいの。リュークは私のためにしてくれたんだし」
そんなことよりも、苺水晶が祈晶石だったというのが驚きだ。
一応はリュークルートで悪役令嬢の役回りのはずのアメリアに、何故聖女という肩書が追加されるのかわからない。
もしかすると、プリスカには更に凄い何かが追加されるのだろうか。
スーパー聖女的な何かに進化でもしたら、恐ろしいことになりそうだ。
「でも、リュークはあまり出したくなかったという感じね」
「まあね。祈晶石かどうか確定していなかったし、アメリアが聖女だなんて、下手に伝えると四妃と第五王女を無駄に刺激しかねない。だから、もう少し後に伝えようと思っていたんだ」
刺激という点では、納得しかない。
アメリアを嫌っている二人からすれば、聖女だなんてきっと不快だろう。
そうなれば、更なる嫌がらせに走ることは目に見えていた。
「うん。ありがとう」
「婚約を守るために聖女であることを利用した形だけれど。聖女であろうとなかろうと、俺が大切にしたいのはアメリアだけだから」
「……うん」
嬉しくなって微笑んだアメリアの頭を、リュークが優しく撫でる。
「王宮内で馬鹿なことはしてこないと思いたいが、既に十分馬鹿だからね。本当はこのまま攫ってしまいたいけれど。聖女であり王女であるアメリアを勝手に連れ出すわけにはいかないから」
「ヘルトもいるし、大丈夫よ」
リュークの手が頭から滑り落ち、そのまま手をすくい取ったかと思うと、その甲に唇を落とす。
流れるような動作に、アメリアはただ茫然と見守ることしかできない。
「疲れただろう。ゆっくり休んで」
「う、うん。おやすみなさい」
頬を染めながら答えるアメリアを見て微笑むと、そのままリュークはアメリアが五宮に入るまで見送ってくれた。
「……ねえ、ヘルト。私、聖女だったみたい」
五宮に先に戻っていたヘルトに出迎えられたアメリアは、ひとまず休憩して紅茶を飲むとため息をついた。
「そうですか」
ヘルトはそっけなくそう言うと、テーブルにクッキーを乗せた皿を置いた。
これももちろんリュークが届けてくれたもので、紅茶の茶葉を練り込んだ生地の香りが素晴らしい。
「何その返事。軽くない?」
「そう言われましても。私は先代の聖女である五妃様に仕えていましたから。あの方が西瓜を量産するのも、そこから祈晶石を取り出すのも見たことがあります。姫様はご存知ないでしょうが、苺を出すというのはかなり珍妙な魔法です。いずれそういうことになってもおかしくないとは思っておりました」
「西瓜から祈晶石を取り出すなんて、聞いたこともないわよ?」
「一応は聖女の秘密事項ですからね。そう大っぴらにはしませんよ」
そう言われれば、確かにそうか。
孤児であろうとも王の妃にするほど、祈晶石を生む聖女は重要なのだ。
「五妃様は西瓜を出しても、西瓜料理を出したことはありません」
「……いや、西瓜料理って何?」
「その点から考えれば、姫様の方が聖女として魔力が強い可能性もありますね」
それは日本のスイーツの記憶のせいではと思ったが、そう言えば神官も似たようなことを言っていた気がする。
「姫様が聖女ならば、クライン公爵令息との婚約に異を唱えることはできないでしょう。ひとまずは安心ですね」
別に聖女になりたいわけでもないし、強くても弱くてもどうでもいいが、確かにそれはありがたい。
うなずくアメリアを見るヘルトの瞳は優しい。
「四年間……いや、ループを加えると七年間、ですか。ずっと想い続けていた方ですから。良かったですね、姫様」
「うん。ありがとう、ヘルト」
唯一残ってくれた使用人で、護衛で、兄であり父のような存在に、アメリアは感謝の笑みを返した。
紅茶を飲み終えると、華やかなドレスを脱いでワンピースに着替える。
くすんだピンク色の生地に白いレースとフリルが散りばめられ、襟や裾にはこげ茶色のラインが入り、同じ色のリボンが胸元を飾っている。
可愛らしいけれど装飾は控えめなワンピースは品が良く、これぞ王女の普段着という感じだった。
このワンピースもリュークが贈ってくれたものであり、今までの地味ワンピースとは雲泥の差。
その心地良い生地の肌触りに、何だかくすぐったく感じるほどだ。
正直、畑仕事にはまったく向かない服だが、リュークがアメリアのために贈ってくれたのだから着ないという選択肢はなかった。
「朝からプリスカと四妃が訪問してきて、街に出て、クライン公爵邸に行き、王宮に戻って謁見までしたもの。……疲れたわね」
ヘルトは門の方に行っているので、戻るまでに畑の水やりは済ませておこう。
だがアメリアが扉に手をかけようとした瞬間、窓から黒い影が入ってくるのが見える。
何だろうと見てみると、床に丸い何かが転がっていて、すぐに真っ白な煙を吐き出し始めた。
――よくわからないが、これは駄目だ。
反射的に口元を手で覆うと、扉を開けて外に出る。
少し目が回るのは、恐らく先程の白い煙のせいだろう。
この五宮にはアメリアとヘルトしかおらず、当然ヘルトがこんなことをするはずもない。
となれば、考えられるのは侵入者。
目的は不明だが、捕まるわけにはいかない。
とにかく、ヘルトのいる門まで急がなければ。
廊下を走って外への扉を開けると、すぐに何かが顔に接近する。
とっさにしゃがんでそれを回避すると、そのまま人影の横を通り抜けようとして、腕を掴まれた。
「放して!」
「うわああ⁉」
アメリアが叫んだと同時に。ゴロゴロという何かが転がるような音が聞こえ、同時に腕をつかんでいた力が緩む。
振り返ってみれば、見知らぬ男性が大量の苺に埋もれつつあった。
すぐに離れようとするが、正面からもう一人の男性が近付いてきたので逃げ場がない。
何か武器になるようなものはないかとあたりを見回すが、大量の苺が転がっているだけだ。
「誰だか知らないけれど、ここにはお金になるようなものなんてないわよ!」
変な煙を出す玉を用意しているあたり、ただの物取りではないのだろうということはわかる。
だが、とにかく隙をついて逃げるしかないので、手当たり次第に苺を拾っては男性に投げつけた。
男性は苺を避けることもせず、ただ笑っている。
それはそうだ。
女の力で苺を投げたところで、小石にも劣る攻撃力でしかない。
ただの苺では駄目だ。
足止めするための、苺でなければ――。
ふわりと温かい空気に包まれたような気がした次の瞬間、男に投げつけた苺のひとつが緑色に変化した。
熟した苺が未熟に戻ったのかと思ったが、よく見ると違う。
もさもさとした緑のシルエットからすると、どうやら葉っぱに包まれているようだ。
苺の表面の粒は種なのだから、発芽すれば葉の塊になる。
理屈ではわからないでもないが、実際に見るとかなり異様な姿だった。
男にぶつかって弾かれた緑色の苺は、それが合図だったかのように一気に周囲に緑の蔓を伸ばす。
蔓のネットにからめとられた状態の男性は、声を上げながら地面に転がってもがいていた。
意味がわからないが、これはチャンスだ。
今のうちにヘルトのところに行こうと走り出したアメリアの腕が、強く引っ張られる。
――そうだ、苺の中にもう一人いた。
それに気付いて声を上げる間もなく、口元に布のようなものが当てられる。
アメリアの意識は、そこで途切れた。
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次話 アメリアが目を開けると、そこは……?
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