王女である聖女が嫁ぐのは
「――ご、誤解です。お姉様が嘘をついているのです! それに、私が聖女である以上、リューク様は私と婚約するのですよ⁉」
必死の様子でプリスカは訴えるが、リュークはもちろん、国王すら表情が険しい。
「……とにかく、そのあたりは調べさせる」
「そんな。陛下、私を信じてくださいませ!」
縋るような眼差しの四妃に、国王はため息を返した。
「それならば、真実を明らかにする手伝いをすることだ。四妃の訴えが正しいのなら、アメリアに虚言癖があることになる。クライン公爵令息の訴えが正しいのなら、後見の責務放棄に加えて王女に対する監禁に冒涜に横領……場合により殺害未遂と取られても仕方がない。どちらにしても、問題だ。この件は調査終了まで保留とする」
四妃とプリスカの顔には不満が満ち溢れていたが、国王が決めた以上は覆せない。
さすがにここで粘るのは不利と思ったのか、一応はうなずいて承諾の意思を見せた。
「しかし、聖女であるプリスカの伴侶に関しては、また別の話だ。現在、クライン公爵令息が候補の筆頭であることは理解しているな?」
国王の一言に、プリスカの表情が一気に明るくなる。
そのままアメリアに視線を移すと、勝ち誇った顔で微笑んだ。
「はい。先程申し上げた通り、私はアメリア殿下を心から大切に想っていますし、第五王女殿下には不信感しかありません」
まさかの内容を堂々と笑顔で伝えるリュークに、国王も少し引いている。
「まあ、心情としては、聞いた。しかし、そういう問題ではないこともわかっているだろう」
「王女である聖女が嫁ぐのは王家に準じる家、ですね」
「そうだ」
リュークが淀みなく答えたことで、国王が少し安心した様子で息を吐く。
すると、それを見たリュークがにこりと微笑んだ。
「その点に関して、お聞きしたいことがございます。……果たして本当に、第五王女殿下は聖女なのでしょうか?」
その一言に、謁見の間にざわめきが起こる。
聖女は国を支える存在であり、プリスカは王女でもある。
そして聖女と認めたからには、当然神殿も関わっているはずだ。
そのすべてに疑問を投げかける問いに、緊張が走るのがわかった。
「聖女は祈晶石を生む存在、ですよね? 第五王女殿下の祈晶石は、どこに?」
「それは、聖女と神殿に関わること。リューク様にお見せする理由がありません」
当然とばかりに首を振るプリスカに対するリュークの視線は厳しい。
「私は長年想い続けた婚約者を虐げられた上に、理不尽にも奪われようとしているのですよ。その根拠である聖女の証を欲するのは、自然でしょう。……それとも、祈晶石がないのですか? 聖女なのに?」
明らかに挑発するような物言いが引っかかったらしく、神官らしき男性がプリスカに見せるようにと促す。
最初は抵抗していたプリスカも、ここで見せなければ聖女ではないと言われかねないと思ったのか、渋々首元のネックレスを引っ張り出す。
その鎖の先には、淡い黄緑色の石がぶら下がっていた。
「――それは、母の形見のネックレスです!」
思わず叫ぶと、国王がアメリアとネックレスを交互に見比べている。
「だが、五妃の祈晶石はもっと濃い緑色だったのでは?」
国王の指摘はもっともで、本来なら今も濃い緑色のはずだ。
色の変化の理由を語るわけにもいかずにアメリアが言葉に詰まっていると、少し安心した様子のプリスカがにこりと微笑んだ。
「私が聖女なのが、そんなに羨ましいのですか? これでわかりましたよね、私は聖女です」
「他は?」
「――へ?」
自信満々に胸を張っていたプリスカは、リュークの一言に間の抜けた声を上げた。
「祈晶石を生み出し、国の守護の要となるのが聖女。当然、石はひとつではない。手元に置くことを許されるのはひとつだけと聞きましたが?」
リュークの視線を受けて、神官がうなずく。
「そのネックレスが手元に置く祈晶石だとして……他の石は?」
「ま、まだひとつだけです。そう簡単には」
「祈晶石は聖女それぞれに決まった石が生まれると聞きました。先代の聖女である五妃殿下は濃い緑色の孔雀石だったとか。殿下のその石は、何ですか?」
「これは」
プリスカが言葉に詰まる様子をみた神官が、一歩前に歩み出た。
「色は薄いですが、縞模様もあります。恐らくは孔雀石ではないかと」
その言葉に、リュークがわざとらしく驚いた様子を見せる。
「おや。先代と同じですね」
「それが何ですか。色も違いますし、偶然でしょう」
プリスカに呟きには答えず、リュークはただうなずく。
「つまり、祈晶石がひとつあれば聖女として認めるのですね?」
「……何が言いたいのですか」
またしてもプリスカの言葉を無視すると、リュークは国王の前に歩み出てひざまずき、手を差し出す。
その手の平には、何か小さなものが乗っている。
国王に呼ばれた神官がそれを手に取って眺めるが、すぐにその顔色が変わった。
「これは、祈晶石です。これほど魔力のこもったものは、久しぶりに見ました」
驚きと興奮を抑えきれない様子の神官は、恭しく国王にそれを差し出す。
国王がつまんだそれは、透明な石に赤いものが入っていた。
「これは?」
「苺水晶です。間違いなく、祈晶石でしょう。それも、かなりの精度のものです。現在神殿に安置されて守護の要を担う、先代の祈晶石に匹敵する魔力かと」
頭を下げる神官に、国王も困惑の色を隠せない。
「リューク・クライン。これを一体どこで手に入れたのだ?」
「その前に、確認させていただきたいのですが。その石が間違いなく祈晶石だと言うのならば、それを生んだ人は聖女ということですね?」
「それは確かに、そうなるな」
国王の言葉にうなずいたリュークは、何故かアメリアをじっと見つめる。
それにつられて、全員の視線がアメリアに集まった。
「その石は、アメリア殿下が私のために生んでくれたものです。祈晶石であることは神官が確認済み。ひとつでも祈晶石があれば聖女と認めるのでしたよね?」
「あ、ああ」
目がこぼれ落ちそうなほど見開いて固まる四妃とプリスカに構わず、リュークは国王だけを見ている。
「では、アメリア殿下も聖女ということになります。王女である聖女が嫁ぐのは王家に準じる家。……殿下が王家に準じるクライン公爵家嫡男の私の妻になることに、何の問題もありませんね?」
金の瞳を輝かせて、リュークはにこりと微笑んだ。
「そ、そんなの嘘です。証拠は⁉」
興奮した様子のプリスカが詰め寄ってこようとするのを見て、アメリアを庇うようにリュークが前に立った。
「陛下の手に、祈晶石が」
「そんなもの。どこからか取ってきたかもしれないでしょう!」
「……あなたのように?」
プリスカの顔色がさっと変わり、同時にアメリアを鋭い視線で睨みつける。
「そう簡単に祈晶石を生めないというのであれば、今すぐに判断をするというのは難しいでしょう。ですが、少なくとも私とアメリア殿下の婚約は、継続に値すると思いますが」
「確かに。祈晶石ひとつで聖女と認めるのならば、二人は同じ条件だ。そうなれば、年長で既に婚約しているアメリアがクライン公爵家に嫁ぐのが道理だろう」
苺水晶を眺めながら国王が呟くのを聞いたプリスカは、息をのんだ。
「そんな、お父様!」
「陛下、考え直してくださいませ!」
四妃とプリスカが声を上げるが、国王はそれを手で制すると、玉座から立ち上がった。
「この件は、二つ目の祈晶石が生まれるまで保留する。その間に、アメリアに対する監禁等の真偽を調べよう。追って、報告の機会を設ける。今日はここまで!」
威厳のある声でそう伝えると、国王は謁見の間を後にする。
頭を下げてそれを見送っていた一同も、それぞれに退室していく。
「……許しません。今に見ていてください」
すれ違いざまのプリスカの呟きが、やけに耳に残った。
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