俺だけを見ていればいい
クライン公爵邸に到着すると、すぐに使用人達に囲まれて着替えさせられた。
慌ただしいそれに少し疲れたアメリアを出迎えたヘルトもまた、地味な服から着替えている。
こうして身なりを整えると容姿も悪くないし、いわゆるイケオジというものに分類される存在なのだと気付く。
普段は兄か父か、むしろ母かという感じなので、何だか新鮮だ。
「ヘルト、似合っているわよ」
「姫様こそ。愛されていますね」
何のことだろうと思ってヘルトの視線を追えば、アメリアが身に纏うドレスに向かっていた。
淡い黄色の華やかな生地が印象的なこのドレスは、全体に赤・白・ピンクの小さな花の飾りが散りばめられている。
胸元からこぼれ落ちるように花が配置されたデザインは可愛らしく、黄色の生地も相まって春の花畑のようだ。
ところどころに銀糸と透明のビーズがあしらわれ、朝露を弾いて輝いているようにも見える。
腰には赤いリボン、ネックレスとブレスレットにも同様に赤いリボンと黄色の花飾りが揺れる。
結い上げた髪には黄色と白の花を飾って赤いリボンでとめてあり、おろした髪にも小さな花を散らしてある。
可愛いドレスだなとしか思っていなかったが、あらためて見てみればこの黄色はリュークの瞳の色……だろうか。
そしてリボンや花に使われている赤は、アメリアの瞳の色でもある。
つまり、このドレスは二人の色。
それに気付いたせいで、何だか頬が熱くなってきた。
「ぐ、偶然かもしれないわ」
「――何が偶然?」
いつの間にか部屋に入ってきたリュークの胸元に赤と黄色の花を見つけたアメリアの頬は、更に温度が上昇する。
「とても似合っているね。可愛いよ、アメリア。街で銀の妖精と呼ばれたのもわかるな」
「あ、ありがとう」
「アメリアは俺のもの。俺はアメリアのものだってアピールしないとね」
何だ、それは。
恥ずかしいけれど嬉しくて、何と返答すればいいのかわからない。
ちらりとリュークを見れば笑みを返されて、アメリアの頬は更に熱くなる。
「姫様。その調子でいちゃついて、プリスカ様を怒らせてください。あの方はわがままで気位が高いですから、感情の起伏でボロが出ます」
ヘルトが何だか凄いことを狙っている。
納得しつつ少し引いているアメリアの肩に、リュークの手がそっと添えられる。
「アメリア、しっかりと役目を果たしてね」
「役目と言われても」
何をどうすればいいのかと尋ねる前に、リュークの金の瞳が細められた。
「俺から離れず、俺だけを見ていればいい」
「……何だか、怖いわよ」
「怖くないよ、アメリアを好きなだけ。四年もアメリアとの時間を邪魔しておいて、更に遠ざけようだなんて。とても許せる話じゃないからね」
表情こそ穏やかだが、リュークの声には棘がある。
「……怒っている、の?」
恐る恐る尋ねると、リュークは眩い笑みを返した。
リュークと共に王宮の謁見の間に到着すると、そこには既に数名の姿があった。
国王、四妃、プリスカまではわかるが、後は知らない顔である。
服装からして神殿関係者であろう男性と、壮年の男性はこの場にいるからには身分の高い人物のはずだ。
呼び出したリュークはともかく、アメリアが一緒に来るのは想定外だったのだろう。
ドレスアップした姿でエスコートされるアメリアに、プリスカと四妃の視線が鋭く突き刺さる。
少し怯みかけたが、アメリアは何も悪いことをしていないし、隣はリュークがいる。
ちらりと視線を向ければ優しい笑みを返され、それだけで力が湧いてきた。
「第五王女であるプリスカ殿下が聖女として認められたということで、婚約の話をするはずですが……」
壮年の男性がそう言って玉座を見ると、国王がゆっくりとうなずいた。
「体は平気なのか、アメリア」
四年ぶり……アメリアの体感では七年ぶりの父親の声だ。
もともと挨拶を交わすくらいしか接することもなかったので、懐かしさも何もない。
アメリアが礼をすると、それを見た国王は嬉しそうに目を細めた。
「こうして顔を見るのも久しぶりだが、五妃によく似ている」
「ありがとうございます、陛下。私は過去に一度たりとも病弱だったことはなく、元気です」
「……は?」
アメリアが事実を伝えると国王が間の抜けた声を漏らした。
「私はみっともないので公の場には出せない、という陛下の指示で五宮に閉じ込められていましたが。違うのですか?」
四妃にどう思われても良かったが、父親である国王がアメリアにそういう判断を下したというのは、当初かなりショックだった。
今では恐らく四妃の嘘なのだろうと想像がつくが、それでもアメリアが一切顔を見せないことに対して反応がないのは事実だ。
聖女だからと妃に加えた五妃の娘なのだから、関心がなくても仕方がないのかもしれないが。
「そんな馬鹿なことがあるか。病気がちで公務を果たせず、療養しているので面会も難しいと聞いていたぞ」
「そう見えますか? ずっと畑仕事をしていましたので、そこらの御令嬢よりもずっと日に焼けて、顔色もいいと思いますが」
王女としては日焼けなど言語道断なのかもしれないが、アメリアにとっては一生懸命に働いた証でもある。
「確かに。……畑?」
「月に一度穀物が届くだけでは飢えてしまいますので、野菜は畑で栽培していました」
「待ちなさい。……どういうことだ? 毎食運ばれているはずだろう」
眉間に皺を寄せた国王がそばに控える男性に視線を向けるが、壮年の男性は首を振っている。
「母が生きているうちは、内容こそ質素でしたが届いていました。ですが、亡くなってからは月に一度の穀物のみです。服も使用人のおさがりが届きます。おかげさまで、畑仕事に料理に裁縫も、それなりにこなせるようになりました」
「……四妃、どういうことだ」
表情を曇らせた国王に問いかけられた四妃は、ゆっくりと笑みを返した。
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次話 リュークの猛攻が四妃とプリスカを襲う!
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