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「陛下には四年前に俺の熱い思いを余すところなくぶつけて、アメリアとの婚約を勝ち取っている。だからこそ、婚約決定ではなくて提案という形を取ったのだろう。さすがに国王の命令となると無視はできない。駆け落ちする前に手を打てるのだから、不幸中の幸いだな」
良かったと言わんばかりだが、聞き捨てならない言葉が紛れていた気がする。
「駆け落ちって」
アメリアの知っている駆け落ちというものは、交際などを反対されて家を捨てて二人で遠くへ逃げるというものだが。
……まさか、その駆け落ちだろうか。
「もちろん、アメリアに苦労を掛けるつもりはないから、そんなことはしないよ。大丈夫」
「そこじゃなくて……」
別に苦労がどうというわけではなくて、筆頭公爵家嫡男という立場を捨ててまでアメリアを取るのかという驚きなのだが。
気持ちとしては、とても嬉しい。
だが、リュークが持っているものをすべて奪ってしまうのは、本意ではなかった。
「第五王女の思惑はともかく、現状『王女で聖女が嫁ぐのは、王家に準じる家』というのが重要だ。別に、俺でなければいけないというわけではない」
だが、実際にその条件に当てはまるのはリュークだ。
何を言いたいのかわからず首を傾げるアメリアの顔に、リュークの手が伸びる。
顎の下で結んでいたスカーフを解かれると、銀色の髪がはらはらとこぼれ落ちた。
「ああ。やっぱりアメリアの髪は綺麗だな」
何度か頭を撫でると、満足そうにリュークは微笑む。
「ちゃんと髪を隠したのは偉いよ。こんなに綺麗で可愛い子は攫われてもおかしくない。今回は護衛も一緒だったし緊急時だから仕方ないけれど、絶対に一人で街には出ないで」
「う、うん」
じっと見つめられてドキドキしながらうなずくと、リュークは満足そうな笑みと共に髪を一筋すくい取って唇を落とした。
その仕草があまりにも色っぽくて、アメリアの鼓動が一気に速度を上げて走り出す。
「リュ、リューク。あの、そういうことは」
「嫌?」
金の瞳がきらりと輝けば、アメリアの胸はもう爆発寸前である。
「嫌じゃないけれど、ドキドキして、苦しいからっ!」
「うん?」
視線を外さないまま、見せつけるようにしてもう一度髪に唇を落とされた。
アメリアの困惑をわかってやっているのだと気付き、何だか少し悔しくもなる。
「ぶ、分割で! 一気にしないで、分割してっ!」
「分割したら、いいの?」
「だって。リュークに触られるのは、嬉しいし……」
うっかり本音がこぼれると、それまで笑っていたリュークの顔がみるみる赤くなっていく。
「……そうなのか」
「え。駄目だった? 一括じゃないと嫌? だったら、頑張る。我慢するわ。どうぞ!」
唇を噛みしめて顔を差し出すと、リュークは数回瞬き、そして苦笑しながら優しく頭を撫でた。
「無理しないでいいよ。それで、何を我慢するの?」
「……リュークにドキドキするから。好きが溢れて迷惑をかけたくないし」
アメリアはリュークが好きで、だから触れられたらもちろん嬉しい。
だが鼓動が疾走していては疲労が凄いし、好きを押し付けてリュークの負担にはなりたくなかった。
それを聞いたリュークは赤い顔のまま深いため息をつくと、アメリアをそっと抱き寄せた。
抱きしめられるのは初めてではないが、恥ずかしくて嬉しくて緊張することに変わりはない。
少し体を固くしていると、頭上からリュークの笑い声が届いた。
「俺もね、アメリアに触れるとドキドキするよ」
「本当⁉」
一緒なのが嬉しくなって見上げると、すぐそばに金色の瞳があった。
「うん。アメリアのことが好きだから、沢山話をしたいし、触れたい。だから、アメリアは何も気にしなくていいし、我慢しないでいいよ」
「リュークは?」
アメリアは、という言葉が気になって何となく尋ねると、金色の瞳が困ったように細められた。
「俺は少し我慢しておかないと……アメリアに怯えられたくないし」
「どういうこと?」
リュークがアメリアを怯えさせるような怖いことをするとは思えないのだが、何だろう。
首を傾げているとにこりと微笑まれ、腕の中から解放された。
「クラインの家督を譲れるのならそれが早いけれど、俺には兄弟はいない。親戚となると色々面倒だし、それ以上に問題がある」
「問題?」
「アメリア・グライスハール第四王女との婚約は、クラインの跡継ぎだからこそ成立した部分がある。爵位を継がずに一介の貴族になった俺では、アメリアに不釣り合いだからと婚約を解消されてしまうかもしれない」
「そんな」
まさかとは思うが、その可能性は十分に考えられる。
クライン公爵家嫡男のままだと聖女のプリスカと婚約させられ、跡継ぎでなくなるとアメリアとの婚約が解消される。
これでは、どうしたらいいのかわからない。
「こうなったら、苺売りとしてリュークを養って……」
「だから待って。何ですぐに苺を売ろうとするの」
「苺なら、苺があれば何でもできるから、未来を切り開いてくれるはず」
拳を握り締めて熱く苺を語っていると、リュークが首を傾げた。
「どうして、そんなに苺への信頼が篤いの?」
あらためてそう言われると、確かに何故なのだろう。
「ええと。私には苺しかなくて、苺しか出せなくて。それを苺があれば何でもできるって褒めてもらえて、嬉しくて。……あれ?」
その言葉を聞いたのは十二歳の時であり、つまり。
「俺の言葉だから?」
「……そうみたい」
意識して考えたことはなかったが、確かにあの時リュークに褒められてから苺が大好きになったのだ。
少し恥ずかしいが、それ以上に納得していると、気のせいかリュークの瞳が潤み始めている。
「え。どうして泣いているの?」
「泣いていない」
アメリアが差し出したハンカチで涙を拭いたリュークは、そのまま手を握ってその甲に唇を落とす。
「絶対に、俺はアメリアを手放さない。だから、俺を信じて」
まっすぐな眼差しに、アメリアはうなずく。
この世界がリュークルートで回っていても、慣例で聖女との婚約をするべきでも、まだ決まった未来ではない。
苺とリュークを信じて、アメリアも戦うのだ。
「そうだ、リューク。プリスカがループする力の源だけれど。お母様の形見のネックレスかもしれないの」
ことの経緯と祈晶石の色の変化を説明すると、リュークは真剣な表情でうなずいた。
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次話 ネックレスがループの力の源かもしれないと伝えると……。
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