聖女の婚約
翌日、アメリアはリュークに相談してみることにした。
もしもあのネックレスが原因だとしたら、プリスカから取り戻せば何とかなるかもしれない。
だが、五宮を出る支度をしていたアメリアのもとに、プリスカと四妃が姿を現した。
いつものように大勢の侍女を連れ、その視線はアメリアには厳しい。
昔からこれが嫌で、怖くて、何となく従っていたが、今のアメリアは違う。
こうして大勢でアメリアを取り囲むのは、数で圧倒するためだ。
確実に弱い立場であるアメリアに更なる力を見せつけ、自身を優位に立たせるためだ。
ヘルトの話を聞いて、腑に落ちた。
この二人は、アメリアのことが嫌いだ。
だが、それはアメリア個人を知った上での判断ではない。
自分に敬意を払わない者、自分に都合の悪い者だから、嫌いなだけなのだ。
アメリアを認識すらできていないような人に、従ってやる義理はない。
顔を上げて苺の色の瞳でまっすぐに見つめると、何故か一行が少しざわめいた。
「朝早くから何? 私も畑仕事に草むしりに忙しいの。用があるなら、さっさと言って」
プリスカと四妃の顔が一瞬険しくなったが、すぐに取り繕った笑みに戻る。
「プリスカが、聖女として認められました」
四妃が誇らしげに言うが、だから何だというのだろう。
過去のループでもプリスカは聖女と呼ばれていたことがあったので、今更だ。
ヘルトの話では王家は聖女の資質を持つ者が生まれやすいと言っていたし、特に驚くに値しない。
「それで?」
大体、わざわざそれをアメリアに伝える意味がわからない。
自慢なのか、敬えと言いたいのか、あるいは悔しがってほしいのか。
そのためだけに大勢で五宮に来るなんて……こうなると逆にアメリアのことが好きなのではと錯覚しそうである。
もっとも、うっとうしい嫉妬愛のようなので、お断りしたいが。
それよりもプリスカのネックレスのことが気になるが、胸元にフリルが沢山あるドレスなので、着用しているかどうかもよくわからない。
「わかっていないみたいですね」
嘲笑うプリスカは、ヒロインというよりも悪役令嬢といった方がいい表情だ。
この場に攻略対象がいないとはいえ、もう少し取り繕ってくれてもいいと思う。
「聖女はその尊さから、基本的には国王の妃になります。でも、私は王女。ですから、王家に準じる家に嫁ぐことになります」
「王家の次に血筋正しい公爵家の中でも、筆頭公爵家であるクラインの嫡男。リューク・クライン公爵令息と婚姻を結ぶのです」
プリスカと四妃が笑顔で告げた内容に、アメリアは息をのんだ。
「――嘘。だって、私とリュークは婚約しているのに」
「しているだけですよね? そして、聖女が優先されます。お姉様の母親もそうして五妃の座を得たのですから」
確かに、ヘルトからそう聞いた。
聖女だったからこそ、孤児だった母が五妃として王宮に入ったのだ。
身分やしがらみよりも、聖女であることが重要視されるということである。
「近々、正式にプリスカとの婚約が決まります。アメリアにもきちんと良縁を探してあげますから、安心なさい。先日奥方を亡くした公爵の後妻というのもいいですね。年齢は陛下と変わりませんが……五妃の娘にはもったいないくらいです」
父親と同じ年の男性の後妻の、どこがもったいないのか、とは思う。
だが、それよりもリュークとプリスカが婚約するというのが頭から離れない。
やはり、ヒロインであるプリスカが望めば、リュークとの絆など簡単に断ち切られてしまうのだろうか。
悲しさから涙が溢れそうになるが、それをぐっと堪える。
リュークは一緒に戦ってくれると言った。
だから、リュークを信じる。
泣くのは、まだ早い。
――負けない。
アメリアが苺色の瞳をまっすぐに向けると、プリスカと四妃が少しだけ怯んだ。
「それよりも、プリスカ。お母様の形見のネックレスを返して。あなたが尊い聖女だと言うのなら、人の物を盗まないで」
手を差し出して訴えると、プリスカの眉間に一気に皺が寄った。
「う、うるさいですね。もう帰ります!」
慌てて踵を返すプリスカと、それに倣う四妃と侍女。
このままでは逃げられてしまう。
どうにか足止めをしなければと思った瞬間、プリスカの足元に赤いものが現れた。
「きゃああ⁉」
苺ジャムだと思う間もなく、足を取られたプリスカが悲鳴と共に盛大に転んでお尻を地面……いや、ジャムに打ちつける。
助けようとしたのか、あるいはプリスカがつかんだのか、侍女も一人ジャムの餌食になって膝をついていた。
転んだ衝撃で胸元からネックレスがちらりと覗いていたが、石の色は淡い黄緑色だ。
……やはり、色が違う。
「苺? ということは、アメリアですね⁉」
ジャムまみれになったプリスカを見た四妃が手を振り上げると、アメリアの前に人影が現れた。
「用が済みましたら、お引き取りを。四妃様」
深々と頭を下げるヘルトを見て手を止めると、四妃はアメリアを睨みつける。
「アメリアの婚約はなくなり、今後はクライン公爵令息の庇護も望めません。調子に乗っていられるのも、今のうちですよ」
さすがは親子、捨て台詞も同じだと感心していると、あっという間に一行は五宮を出て行ってしまった。
後に残ったのは、地面に広がった苺ジャムと甘い香りだけだ。
ネックレスを奪還するべきなのかもしれないが、人数的に不利なので恐らくは取り返しても再び奪われるだろう。
あのネックレスがループの力の源だと知っているのなら、なおさら手放すとは思えない。
それに、今はネックレスよりも気になることがある。
「リュークに会いに行くわ。ちゃんと、話を聞くの」
これがリュークルートの通りだとしても、諦めない。
握りしめる拳は微かに震えていて、それに気付いたらしいヘルトがそっと頭を撫でる。
「正面の門は閉ざされているでしょうし、四妃様が監視をしているはずです。裏から参りましょう」
アメリアはうなずくと、ヘルトと共にその場を離れた。
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次話 ショックを受けながらもリュークと話すために街に出たアメリア。そこにやってきたのは……!
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