ループの力の源は
「随分と、リューク様と仲がいいみたいですね」
リュークに送られて五宮に戻ると、それを待っていたかのようにすぐにプリスカがやってきた。
四妃はいないが、侍女を五人ほど引き連れており、その全員がアメリアを仇のような目で見てくるのだから居心地が悪い。
先に五宮に戻っていたヘルトが後ろに控えてくれてはいるが、相手も一応王女。
軽々しく口を出せない以上、応対はアメリアがするしかなかった。
「それは、婚約者だから」
「白髪に血の瞳の、気持ち悪い容姿のくせに」
美少女の口から出たとは思えない言葉だが、今のアメリアにはたいした攻撃にならない。
「リュークは、銀の髪に苺色の瞳と言ってくれたわ。可愛い、って」
本来なら、ヒロインであるプリスカに反論しない方が安全なのかもしれない。
だが長年の鬱憤と、リュークと気持ちが通じた嬉しさから思わずそう返すと、プリスカの眉間にみるみる皺が寄っていく。
「――いい気になっていられるのも、今のうちですよ!」
吐き捨てるようにそう言うと、勢いよく踵を返す。
その動きで揺れた首元のネックレスの淡い黄緑色の石が、きらりと光を反射した。
久しぶりに見た形見のネックレスに気を取られているうちに、プリスカと侍女達はどんどん遠ざかっていく。
返せと詰め寄ってもいいが、ここで変に刺激をして四妃を連れてこられると面倒だ。
監禁は今まで通りだからいいとしても、リュークからの手紙まで止められるのは困る。
それにプリスカに奪われてから三年は手元にない状態なので、既にそれが普通になりつつあった。
「……懐かしいな」
あれは五妃が亡くなる前に、「アメリアを守ってくれる」と言って渡してくれたものだ。
亡くなって暫くの間は、あのネックレスを握り締め「昔に戻りたい」とベッドで泣いていた。
しみじみと思い出していると、控えていたヘルトが横に並ぶ。
「あのネックレス、あんなに薄い色でしたか?」
「そう言われてみれば……」
もともとは、深い緑色に縞模様が入った石だったはずだが、今見た石は淡い黄緑色だった。
今はループして間もないので、あのネックレスを奪われてそれほど時間が経っていないはず。
となれば、ヘルトが知っている色でなければおかしい。
「あれ?」
思い返してみれば、今回のループの前に見かけたときは淡い緑色だった気がする。
「色が……薄くなっている?」
だから何だというわけではないが、あの石は聖女だった五妃のもの。
何か意味があるのかもしれないので調べたいところだが、プリスカは既に五宮を出てしまっている。
「こんなことなら、さっき取り返せばよかったわね。……四宮に苺を差し入れに行ってみようかしら」
「おやめください。毒を盛られたとでも濡れ衣を着せられたらどうします。関わってはいけません」
「はあい」
ヘルトの表現は大袈裟ではあるが、確かに四妃とプリスカによく思われていない以上、何をされてもおかしくはない。
ここはリュークの言う通り、夜会で様子を窺うのが正解だろうか。
だが、それではあのネックレスを身に着けるとは限らない。
「……そういえば、今まで深く考えたことはなかったけれど。そもそも四妃とプリスカは、何故私とお母様を目の敵にしているのかしら?」
「一言で言えば、四妃様の嫉妬です」
あっさりと答えたヘルトに驚いて見つめると、アメリアの護衛騎士は困ったように微笑んだ。
「三妃様まではほぼ同時に妃となり、少し間を開けて四妃様。その頃、五妃様が聖女とわかって王宮入りしています。伯爵家の出である四妃様に対して、五妃様は元孤児。その出自に不満を持っていたところに、先に姫様を出産したことも気に入らなかったようです」
ヘルトはそこまで言うと、小さくため息をつく。
「あとは……私のことも多少は影響しているかと」
「ヘルトが?」
五妃の王宮入りと子供を産む順番は逆恨みだが、護衛騎士のヘルトに何の関係があるのだろう。
「私は五妃様と同じ孤児院の出で、子爵家に養子に入って騎士を務めていました。恩ある五妃様の王宮入りに際して護衛騎士となったのですが……何度か四妃様に自分に仕えるようにと声をかけられていまして」
ヘルトが孤児というのは初耳なので驚いたが、それ以上に四妃に引き抜かれそうだったというのは衝撃だ。
「でも、どうして行かなかったの? お母様が生きていた時はまだしも、亡くなった後なら確実に四妃の待遇の方がいいでしょう?」
監禁に巻き込まれ、食事すら満足に届かない環境に比べたら、四宮の方が恵まれているはずだ。
「五妃様の大切な娘である、姫様がいますから。私にとって主人であると同時に、妹や娘のような存在です。置いていけるはずもないでしょう。ただ、私が従わなかったせいで四妃様の機嫌を損ねた部分もあるかもしれません。それは申し訳ないと思っています」
「そんなことないわ。ヘルトがいなかったら、私はひとりぼっちよ。いつもありがとう。大好き」
ぎゅっとヘルトに抱きつくと、困ったようなため息が頭上からこぼれた。
「王女の振る舞いとしては、褒められたものではありませんが」
そう言うと、ヘルトの大きい手がアメリアの頭を撫でる。
「私も、姫様が大好きですよ。あなたには是非とも幸せになっていただきたいと思っています」
顔を上げればにこりと微笑まれ、つられてアメリアも口元を綻ばせた。
「あれ? あらためて考えると、孤児が妃になるって凄いわよね」
今までは何の疑問もなかったが、日本の記憶が戻ったせいか違和感がある。
「それは、五妃様が聖女だからですね」
「聖女だと妃になるの? そもそも聖女って、何をするものなの?」
五妃はほとんど五宮から出なかったし、アメリアの相手をして、西瓜を出していたくらいだ。
特別な何かをしていたという記憶はない。
「五妃様は、姫様にそういう話をしていませんでしたね。……立ち話もなんですから、まずは部屋に戻りましょうか」
ヘルトに促されて部屋に入ってソファーに腰かけると、手際よく用意された紅茶が差し出される。
リュークの差し入れのおかげで、アメリアの食生活はかなり改善されている。
この紅茶も差し入れの茶葉であり、ほのかに花の香りがしてとても美味しかった。
「聖女は祈晶石と呼ばれる特別な石を生む、尊い存在です。魔を避け、国を守るものとして、王宮や神殿に安置されています。女性だけに出現する力で、年齢や既婚に関わらず突然目覚め、突然消えることもあるそうです」
聖女というと何となく未婚のうら若き乙女というイメージだったが、そういうわけではないのか。
「祈晶石は尊いものですから、基本的にすべて国が所有します。ですが、聖女はひとつだけ手元に置いて身に着けることを許されています」
身に着ける、という言葉にアメリアはヘルトを見つめた。
「もしかして」
「はい。プリスカ様に奪われたあのネックレスが、五妃様の祈晶石です。深い緑色に縞模様の美しい孔雀石でした」
形見として身に着けていたものが、まさかそんなに貴重なものだったとは。
プリスカから奪い返しておくべきだったと、後悔しかない。
「先程見たネックレスの石が淡い黄緑色だったのは、きっと魔力が失われているからでしょう。せっかく五妃様が姫様を守るために託したものを。腹立たしい」
「魔力? 石に魔力があるの?」
ヘルトはうなずきながら、テーブルにクッキーを用意する。
これもリュークが届けてくれたもので、チョコレートとオレンジが練り込まれた生地が美味しかった。
「国の守護に使われる石ですので、当然魔力に満ちています。まして、聖女である五妃様がずっと身に着けていたものですから」
「さっき失われるって言ったわよね。魔力は抜けていくものなの?」
仮に祈晶石が乾電池のようなものだとしたら、自然に放電してしまうのもわからなくはない。
「さあ? 使わなければそのままでしょうが。……きっと、姫様への態度が悪いので、祈晶石自ら魔力を放出しているのですよ」
「そんなことあるの?」
「ありませんが、気持ちの問題です!」
明らかに御機嫌斜めのヘルトに呆れたアメリアは、そっと手を差し出す。
手のひらに乗った苺を見ると、みるみるヘルトの表情が緩んだ。
「ありがとうございます。こうして姫様の苺を賜る幸せ……可能ならば、永久保存しておきたいくらいです」
苺を受け取ったヘルトはそう言うとじっくりと眺めた後に、口に放り込んだ。
「リュークみたいなことを言わないでよ。……ということは、あの石は力を失っているかもしれないのね」
ループ開始時にネックレスを奪われてそれほどの間もないのだから、急に力を失ったというのは考えづらい。
残る可能性としては、魔力を使ったから残りが少なくなったということだろうか。
国を守護するほどの魔力を失わせる、使い道。
それに思い至ったアメリアの背を、すっと寒気が走る。
まさか、ループの力の源というのは――。
「それで、聖女が妃になるという話ですが」
「あ、うん」
ヘルトの声に我に返ったアメリアは、どうにか相槌を打つ。
「既婚の場合には、それに応じた地位を与えます。ですが、基本的に未婚なら国王の妃に。あるいはそれに準ずるところに嫁ぐようです。まあ、聖女を守るという名目での囲い込みですね。おかげで、王家には聖女の資質を持つ者が生まれやすいと言われています」
「そ、そうなの」
不自然にならないように返事をするが、頭の中はそれどころではない。
五妃の形見のネックレスが、このループの力の源かもしれないのだ。
「そも婚」書泉オンライン在庫復活!
既に残りわずかです。
詳しくは活動報告をどうぞ。
次話 リュークに相談しようとしていると、訪問者が……。
第8回ネット小説大賞を受賞作
「婚約破棄されたが、そもそも婚約した覚えはない」(略称・「そも婚」)
宝島社より紙書籍&電子書籍、好評発売中!
(活動報告にて各種情報、公式ページご紹介中)
 





