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苺があれば、何でもできる

「そこまでしてドレスを作らなくても。姫様でしたら、襤褸をまとっていても十分に可愛らしいですよ」

 真剣な表情でこちらを見つめるヘルトに、アメリアも呆れてしまう。 


 アメリアは「銀の髪に苺色の瞳」だが、四妃とプリスカに言わせると「白髪に血の色の瞳」らしい。

 五妃や使用人は美しいと褒めてくれたが、身内の欲目も大きいだろう。

 というか、欲目しか感じられない。


 さすがに目を覆うような不細工ではないとは思うが、いまいち世間の評価がわからないのは、アメリアの容姿を無条件に褒めるヘルトのせいだ。


「婚約以来四年、会えていないどころか手紙の返事すらないとはいえ、初恋の人なのよ。……少しくらいは可愛いと思ってほしいじゃない」

 アメリアの呟きに、ヘルトは素早く口元を手で覆った。


「……どうしたの?」

「いえ。可愛らしさが鼻に回ると危険です。万が一にも姫様の前で鼻血を流すわけにはいきません」


「……ヘルトって、時々変態よね」

「お褒めの言葉として受け取らせていただきます」


 ヘルトは勤勉かつ優しくて、兄であり父のような存在だが、たまに妙なことを言うので困ったものである。

 何にしてもリュークの好みでなければ、ほぼ人と接しないアメリアの容姿が世間的に優れていようがいまいが、たいして意味はないだろう。


 それよりもリュークに少しでも好かれたいが……そもそもの好みもよくわからなかった。



「まあ、好みも何も。リューク様の瞳が金色ということ以外はろくに憶えていないけど」


 自分でもどうかとは思うが、もともと一度しか会っていない上にループしたぶんを合わせると七年顔を見ていないのだから、仕方がない。


 ループはアメリアの社交界デビューがなくなると四妃に告げられるところから始まり、一年後の国王生誕の舞踏会の夜まで続く。


 幸か不幸か、アメリアは監禁状態なので今までのループではプリスカに会うこともほとんどなく、ただ日々を過ごすだけだった。


 そのせいで詳しくは知らないが、この一年のどこかでプリスカは聖女であることが発覚する。

 既に溢れるヒロイン補正を持っているのに、更に武器を手に入れるのだから恐ろしい。


 それでも、強制プロポーズの可能性がある一年後の舞踏会までの間にリュークに会えれば、何とかなるかもしれない。



「苺の相場も売り方もよくわからないから、まずはとにかく一度街に行って調べてみようと思うの」


 到底王女とは思えぬ質素かつゴワゴワのワンピースが役立つ時が来た。

 この服装なら誰も王女が歩いているなどとは思わないだろうし、顔も知られていないので自由に行動できるはずだ。


「どうやって街に出るつもりですか」

「庭の奥の壁の穴」


「何故、それを」

「以前のループでそこから街に連れ出してくれたのはヘルトよ」

 まだ使用人が何人かいた頃には、そこから食料を買いに街に出たと聞いている。


「……なるほど。ループとやらは本当のようですね」

「今まで疑っていたの?」


「疑ってはいませんよ。信じていなかっただけです」

 それは同じではないかとも思ったが、小さいことにこだわっている場合ではない。



「それで、苺だけど。普通の苺じゃたいした額にはならないでしょう?」

「付加価値と言っていたのは、そのせいですか」


『第四王女の手乗り苺』と銘打てば売れるかもしれないが、ばれたら連れ戻されるし、ばれなければ不敬罪に問われかねない。

 もっと庶民に馴染んで、少し目新しいものがいいはずだ。


「ということで、お菓子はどうかしら」


 今までは苺が出ること自体に何の疑問もなく、それを変化させようという気持ちなど存在しなかった。

 だが、今のアメリアの脳内には、日本の華やかなお菓子が溢れている。

 程よく珍しくて美味しいお菓子ならば、きっと興味を持ってくれるはずだ。


「じゃあ、まずは……クッキーとか」


 そもそも苺以外が出たことがないので、イメージしやすいものにしよう。

 ピンク色の、こんがりと焼けた、サクサククッキー。


 ――食べたい。


 日頃、届けられる穀物と畑で自作した野菜を主に食べているアメリアにとって、お菓子は縁遠い存在だ。

 サクサクで、くちどけが良くて、甘いクッキーが食べたい。


 もはやただの欲望でしかない心の声に応じるように、アメリアの手のひらに一枚のクッキーが現れた。

 思わずすぐに口に入れるが、苺の香りと甘さがたまらない。



「……本当に、出ましたね」

「美味しい、幸せ……。こんなことなら、もっと早く試していれば」

 ループに巻き込まれていいことなどないと思っていたが、これは素晴らしい発見だ。


「喉が渇いちゃったわ。そうだ、苺牛乳も出るかしら」

 飲み物まで出せるとなると、かなり苺の幅が広がる。


 期待に胸膨らませて苺牛乳を心に描くと、次の瞬間どこからともなく現れたピンク色の液体が地面にびしゃっという音を立ててこぼれ落ちた。


「……容器は出ないようですね」

 ヘルトの言葉と、あたりに広がる甘い香りと濡れた土を見たアメリアは、感心してうなずく。


 液体は容器を用意しないと難しいので今回は保留するとして、それなりに形状がしっかりと保てる物がいいはずだ。


「パフェとかは見栄えはいいけど容器が必要だし、溶けるし。……じゃあ、和菓子はどうかしら。苺大福とか」


 すぐに苺大福を思い浮かべようとしたが、よく考えると苺が真ん中にいたらよくわからない。

 一目で苺だとわかってもらうには、苺の上に餅がくるようにして、赤い色が透けるほうがいいだろう。


 すると、複雑な指示のせいなのか、手のひらに大福が乗った時には少しの疲労感があった。



「ヘルト、これ食べてみてくれる?」

 手の上の苺大福を見せると、壮年の男性は茶色の瞳を少しばかり曇らせた。


「苺大福っていうのよ。こういうお菓子、見たことある?」

「いいえ。ないと思います」

「とりあえず、食べて感想を聞かせて」


 苺大福を口に押し込まれたヘルトは、もぐもぐと咀嚼をしている。

 まさか一気に食べてしまうとは思わなかったが、あまり大きいと女性は食べづらいだろう。

 もっと小さくして一口サイズの大福というのも悪くない気がする。


「甘くてもっちりとして、そこに苺の甘酸っぱさが爽やかで。美味しいと思います。……見た目がちょっとあれですが」


 ヘルトの反応を見る限り、この世界でも受け入れられる味のようだ。

 どうせならば珍しいお菓子で効率よく稼ぎたい。


「それにしても、どういう思考回路と実行力ですか。そもそも、苺が出ること自体珍しいというのに……」



「そうだ、ヘルト。一応聞くけど、お金はある? ドレス、作れる?」


 お金の管理も唯一の使用人であるヘルトが行なっている。

 もしそれなりにお金があるのなら、苺を売る手間も省けるのだが……まあ、あるはずもないか。


「どちらにしても、四妃様が五宮に仕立て屋を入れないと思います。それから、お金はありません」


 となると、ドレスは街で作る方向になる。

 一体いくらかかるのかわからないが、それ以外にも必要なものがあった。


「最後の封筒と便箋、あったわよね。リューク様に手紙を書くから、出して。それから、リューク様と陛下に面会の申請も」


 今まで何通も手紙を出して返事がなかったし、面会もできたことはない。

 それでも落胆している場合ではないので、可能性があるのなら何でもやろう。


 とはいえ、封筒にも限りがある。

 届けられる物資に封筒や便箋が入っていることはほとんどないので、これも買わなければ。


 結局は、すべてお金が必要ということだ。

 これは気合いを入れて苺を売らなければいけない。



「ところで、四妃様の命で私は門の手前から動けませんでしたが。大丈夫でしたか?」

「うん、平気。いつも通り」


 いつも通り、文句を言われてネックレスを取られただけだ。

 問題ないとは言わないが、ループを繰り返してもう慣れていた。


「それで。何だか妙な方角からやってきましたが、まさか壁の上を歩いてきませんでしたよね?」

「歩いていないわ。走ってきたもの」


 寂れているとはいえ、妃の賜る宮だけあって五宮の敷地は広い。

 ヘルトがいた門までの道は遠回りだったので、五宮と外を隔てる壁の上を移動してきたのだ。


「王女としてはもちろん、一般的な女性としてもはしたない振る舞いですが。……誰にも見られていないでしょうね?」


「四妃とプリスカは見えたわよ。あと、灰色っぽい髪の男性……というか、少年かな? 格好からして使用人ではなさそうだったけど」


 四妃と話していたようなので相応の立場の人間なのだろうが、それにしても王宮の外れに人がいるのは珍しい。


「それで、四妃様には見つかったのですか?」

「その少年がこっちを見たからあわてて飛び降りたの。四妃達は背を向けていたから大丈夫じゃない?」

「まず、壁から飛び下りないでください。その前に登らないでください」


 じろりとヘルトに睨まれたが、今更なのでどうしようもない。

 すると、深いため息がアメリアの耳に届いた。



「……クライン公爵令息にお会いできなくなって、残念でしたね。あんなに、楽しみにしていらしたのに」


 確かに、楽しみにしていた。

 四年ぶりに会えるのだと、丹念に髪をとかして少しでも美しく見えるように頑張っていた。


 だが、それはループする前のアメリアだ。

 四回のループを経て日本の記憶を取り戻した今、重要なのはリュークの意思を守ることであって、アメリアの気持ちではない。


 だから、無反応で悲しいなんて言っている場合ではないのだ。

 少しでも可能性があるのなら、どんどん試さなければ。


「大丈夫。苺があれば、何でもできるんだから」

「本当に、姫様は苺がお好きですね」

「うん!」



 リュークを守るために、会って話をする。

 そのためにドレスが必要なので、苺を売ってお金を稼ぐ。

 同時進行で手紙を書き、面会の申請も続ける。


 方針は定まったし、苺大福も問題なさそうだ。

 明日は早起きして苺大福を作り、早速街に行ってみよう。


 アメリアが苺色の瞳を輝かせるのを見て、ヘルトは困ったように微笑んだ。




新連載「苺姫」開始!

苺馬鹿の虐げられ王女と泣き虫ストーカー公爵令息が、苺の力で聖女のループに立ち向かうお話です。

よろしければ、感想やブックマーク等いただけると大変励みになりますm(_ _)m


次話 街で出会ったのは、金色の瞳の少年で……?




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ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] いちご牛乳が出せるのはスゴいな(笑) 容器ごと想像したらパック入りが出ないかな?
[良い点] 苺があれば何でもできるというキャッチフレーズのせいで、ファンタジーカラーな猪木が苺握りつぶしてるイメージができそうになりましたが、事なきを得ました。 というか、この姫様、苺がなくてもいろ…
[一言] 練り込み系がいけるならゼリーや羊羹、パンとかバリエーションは多そう あとはいちご煮を願うと煮込んだ苺が出るのか反応しないのか八戸名物が出てくるのか
感想一覧
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