泣いていない
翌日、まさか連続では来ないだろうという予想を覆して、リュークはやってきた。
今回は侍従のハンスと二人での訪問だが、何せ五宮には何もない。
ソファーとテーブルがあるだけの部屋に通しはしたが、当然もてなせるようなお茶やお菓子の用意もない。
だが、幸いにもアメリアには苺という心強い味方がいる。
苺関連なら想像力と魔力次第で、大抵のものは出せるはず。
ここは保留していた苺系液体にも挑戦しなければと静かに闘志を燃やしていると、ハンスがヘルトに何かを手渡しているのが見えた。
「あれ、何?」
向かいに座ったリュークに尋ねると、にこりと微笑まれた。
「茶葉とチョコレートとミートローフだよ」
「あ、ありがとう」
……また、肉が来た。
これはやはり、アメリアの栄養を考えての手土産なのだろうか。
嫌いではないし、心遣いは嬉しいが、乙女としては何だか複雑だ。
ヘルトが手際よく紅茶の用意をしているが、そもそも彼は護衛騎士だ。
それがすっかり家事も手慣れたもので、裁縫すらできるようになっている。
よく考えてみれば、かなりおかしなことだし、申し訳ない。
せめて少しでも手伝おうと思ったアメリアは立ち上がると、小皿を取り出してテーブルに並べた。
「リューク、好き嫌いはある? 何の苺がいい?」
「アメリアが用意してくれるものなら、何でもいいよ」
金の瞳を細めてそう言われれば、何だか胸が苦しくなるし、嬉しい。
ここはひとつ、気合いの入った苺を出さなければ。
皿に手をかざして集中すると、円盤状の生地に餡と苺が挟まれたお菓子が現れた。
いわゆるどら焼きで、新鮮な苺だけでなく生クリームまで入っている。
かなり細かい所まで想像したせいか少し目が眩んだが、なかなかの出来だ。
満足したアメリアは意気揚々と皿に乗った苺生どら焼きをリュークに差し出す。
「これ、何?」
「どら焼きよ。……ええと、手に持って食べるケーキの仲間、かしら」
「手に持って?」
不思議そうにどら焼きを眺めるリュークを見て、普通の王女はケーキを手掴みなどしないと気が付いたが、今更だ。
そもそもアメリアは普通の王女ではないし、街で苺を売っているところも見られている。
取り繕ってお上品に振舞ったところで、どうせすぐにばれるだろうから、気にしても仕方がない。
「そう。こんな風にかじりつくのよ」
身振り手振りで説明するが、リュークはきょとんとして見ている。
「アメリアのぶんは?」
「あ、ええと。ちょっと疲れるから、私は苺とお茶だけでいいわ」
出せないことはないのだが、リュークの目の前で万が一にもめまいで倒れるわけにはいかない。
するとリュークは皿を持って立ち上がり、何故かアメリアの隣に腰を下ろした。
「リューク?」
首を傾げるアメリアに微笑むと、リュークはどら焼きに挟まっていた苺を抜き取り、アメリアの口に放り込んだ。
反射的に口を開けてしまったが、これはいわゆるあれではないのだろうか。
恋人などがイチャイチャする、「あーん」というやつのような気がする。
そう思い至った途端、アメリアの頬が一気に熱を持ち、慌てて両手で頬を押さえて俯く。
心臓がバクバクと疾走する音が聞こえるし、顔が熱くてたまらない。
これは溺愛というルート補正によるものか、それともリュークは素でこんな恥ずかしいことをする人なのか。
いや、アメリアは「苺とお茶でいい」と言ったから、苺を分けてくれだけかもしれない。
そんな気がする。
そうに違いない。
リュークは、優しいだけだ。
どうにか自分を納得させて顔を上げると、そこには口元を手で覆って動かないリュークの姿があった。
「リューク?」
口を覆っている理由も不明だが、気のせいか金の瞳が潤んでいるのだが。
というか、何か透明な液体が今にもこぼれんばかりに揺れているのだが。
「……泣いているの?」
「泣いていない!」
勢いよく返答したせいで、リュークの瞳からポロポロと雫がこぼれ落ちる。
謎の事態にすっかり顔の熱が引いたアメリアは、そっとハンカチを差し出した。
「じゃあ、目にゴミでも入ったの? 大丈夫?」
ハンカチで目元を押さえながら首を振るリュークの様子に困惑していると、背後からくぐもった笑い声が聞こえた。
アメリアの視線に気付いたらしいハンスは、大袈裟に咳ばらいをする。
「恐れながら、申し上げます。リューク様は長年手紙ですら交流できなかった初恋の君との逢瀬に感激のあまり、涙が堪えられないのです」
「ハンス!」
鋭い声で窘めながらも、瞳を潤ませてハンカチを握りしめるリュークを見ていたら、何だかおかしくなって笑ってしまう。
「な、泣いてないからな」
「うん、わかったわ」
こうしてリュークと会って話ができるなんて、以前のアメリアからは考えられないことだ。
とても嬉しいし幸せだが、これはプリスカがリュークルートに入った補正の力なのかもしれないということを忘れてはいけない。
「あのね、リューク。ちょっと聞いてほしいんだけど」
「何?」
ようやく涙が引いたらしいリュークを見つめ、アメリアは意を決して口を開いた。
「――他に好きな人ができたら、私は身を引くから。すぐに教えてほしいの」
その言葉と同時に、リュークの手からハンカチがはらりと膝の上に落ちた。
こぼれ落ちそうなほど目を見開いて固まっていたかと思うと、あっという間に金の瞳が再び潤み始める。
というか、既に決壊寸前まで溢れかかっているし、気のせいかふるふると震えていた。
「あ、あの。リューク?」
「ようやく……四年かけて、やっとまともに会えるようになったのに。……俺のこと、嫌い? 迷惑?」
縋るような眼差しと共に、そっと手を重ねられる。
「ち、違うわ」
「また、あいつらが何か言ってきたのか?」
これは四妃やプリスカのことを言っているのだろうが、リュークの懸念とは少し違う。
「そういうわけじゃないの。ただ、リュークの意思を尊重したくて……」
首を振るアメリアを見ていたリュークはハンカチを拾って涙を拭うと、深いため息をついた。
「……なるほど。つまり、俺の気持ちが十分に伝わっていないということか」
今まで涙を湛えていたと人とは思えぬ低い声に、アメリアの肩が震える。
「え? いや、別にそういうわけじゃ」
何となく怖くなって少し体を引こうとするが、リュークに手を握り締められて動けない。
「よくわかった。これからは、余すことなくアメリアに気持ちを伝えるよ」
金色の瞳を妖しくきらめかせるその姿に、何か間違ったらしいとようやく気付く。
何と言ったらいいのか混乱するアメリアの手に、リュークはそっと唇を落とした。
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次話 結局溺愛されているアメリアは、気分転換の&逃亡資金のために街に出るが……。
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