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リュークの涙

 部屋を出ると、そのまま回廊を進んでいく。

 恐らく夜会会場に向かっているのだろうが、その前にいくつか確認しておきたいことがあった。


「リュ、リューク様。あの、お聞きしたいことが……」

 アメリアが声をかけるとリュークは足を止め、金の瞳をこちらに向けた。


「リュークでいいよ。そう呼んでいただろう」

「……やっぱり、街で会ったリューク、なの?」


 穏やかな表情でうなずくリュークを見て、アメリアの中で渦巻いていた困惑が更に加速していく。

 何か聞こうとしたはずなのに、何を言えばいいのかわからなくなって、アメリアはため息と共に視線を外す。


「……ずっと、会いたかった」

 静かなその声に顔を向ければリュークはにこりと微笑み、アメリアの手を自身の両手で包み込んだ。


「四年前にアメリアと婚約してから、何をしても反応がなくて。婚約が嫌だったのかと、嫌われているのかと思っていた」

「それは。……私も、リューク様。いえ、リュークは私に興味はないのだと」


 手紙を送っても返事はなく、面会を申し込んでも無視されて。

 それでも、形だけの婚約だとしても、アメリアにとっては大切な絆だった。

 だがリュークもまた同じように、アメリアが無反応だと思っていたのだ。


「アメリアに会ったあの日から、一日だって忘れたことはない。この婚約も、俺から陛下に直談判して勝ち取ったんだ」

「……そう、なの?」


 てっきり権力的なあれこれの都合だと思っていた。

 それでもリュークが承諾してアメリアを望んでくれたと思えば、十分すぎるくらい嬉しかったのに。



「アメリアの社交界デビューの舞踏会なら会えるだろうと思って準備していたが、それも駄目で。せめて一目だけでもと思って五宮に向かったら四妃と第五王女に止められたんだ。その時、五宮の壁の上を走る人影を見た」

「……え」


 社交界デビューの舞踏会といえば、ループの始まりの日だ。

 そう言われてみれば確かに、壁の上から四妃達以外の人影も見えた。


 では、あの中にリュークがいたというのか。

 四年ぶりに見たアメリアの姿が壁の上の疾走というのは……さすがにどうなのだろう。


「遠目だったが、その綺麗な銀の髪を見間違えるはずはない。密かに五宮の周囲を見張らせたら、銀髪の少女が街に出たと報告があった」

「……じゃあ、リュークが街にいたのは」


「アメリアかもしれないと思ったら、いてもたってもいられなくて。会いに行ったんだ。……でも、病弱だと聞いていたのに元気そうだし。それどころか色々虐げられていたみたいで。混乱したし、今まで助けられなかったことを後悔したよ」

 悲し気に目を伏せられたが、アメリアとしてはそれよりも気になることがある。



「リュークは私のこと、わかっていたの?」

「もちろん。銀の髪に苺色の瞳の、可愛い大切な女の子。忘れるはずがないよ」


 当然とばかりに微笑まれたが、アメリアは瞳の色以外憶えていなかったし……それを本人に言ってしまっている。

 いや、言ったといえば、本人を目の前にして「好きなの」と口走った気もする。


 申し訳ないやら恥ずかしいやらで、何を言ったらいいのかわからない。

 熱を持ち始めた頬を隠すように俯くと、小さな笑い声が耳に届く。


「アメリアに忘れられていたのは少しショックだったけれど。でも、こうして会えたからいいんだ。それに……顔は忘れていても、ずっと俺のことを想ってくれていたってわかったから」

「それは!」


 顔を上げれば優しい笑みを向けられていて、アメリアの鼓動が一気に跳ねた。

 リュークは両手で包み込んでいたアメリアの手を放すとその場にひざまずき、再び手をすくい取った。



「アメリア・グライスハール。初めて会った時から、あなたをずっと想っています。どうか、私と結婚してください」


 まっすぐに金の瞳に見つめられ、何だかのどが渇いて声がすぐに出せない。

 ドキドキという鼓動がうるさくて、リュークにまで聞こえているのではないかと心配になる。


「わ、私で良ければ。……リューク・クライン、あなたが好きです」


 口から心臓が飛び出るのではないかという緊張の中、どうにかそう口にする。

 するとリュークの顔が一気に綻び……気のせいか、金の瞳が潤み始めた。


「リューク、泣いているの?」

「泣いていない」


 そうは言っても、確実に溢れる何かでリュークの瞳はゆらゆらと揺れているのだが。

 想いが通じ合った嬉しさよりもそちらが気になってじっと見つめていると、立ち上がったリュークにぎゅっと抱きしめられた。


「アメリア。ずっと、ずっと会いたかった。今まで助けてあげられなくて、ごめん」

 ぽたぽたと何かが落ちる音がして、思わずアメリアの目まで潤んでしまう。


「そんなことないわ。ありがとう、リューク」


 四年間、つらくなかったと言えば嘘になる。

 でも、リュークも同じ思いをして、それでもなおアメリアを忘れずにいてくれた。

 それだけで、十分すぎるほどに幸せだった。




 リュークに手を引かれて夜会会場入りしたアメリアには、数多くの視線が注がれた。

 何せ公式に四年間姿を見せなかった王女なのだから、当然だろう。


 王族はプリスカ達以外参加していなかったが、貴族に挨拶され続けたし、ダンスにまで誘われた。

 その度にリュークが断ってくれたので、ありがたい限りだった。


 一通りの波が引いてため息をつくアメリアを見て、リュークは苦笑している。

 クライン公爵令息としてこういう場に慣れているであろうリュークに比べて、アメリアはあまりにも経験不足だ。


 半ば監禁状態だったのだから仕方がないとはいえ、少しばかり申し訳なくなる。


「リューク、ごめんね。私につきっきりで」

「俺がそばにいたいんだから、謝ることはないよ。それよりも、ダンスは踊れる?」

「たぶん……」


 返事をするや否や手を引かれ、あっという間に会場の中央で踊り始める。

 手を繋ぎ、腰に手を回されて、正直ダンスどころではないのだが、どうにか体は動いてくれた。

 監禁状態でも王女としての教育を続けてくれた侍女やヘルトに感謝したい。


 綺麗なドレスを着て、リュークとダンスを踊って、プロポーズまでされて……この四年間が嘘みたいだ。



 ふわふわと夢見心地のアメリアを五宮に送り届けると、リュークはアメリアの手を握って優しい笑みを浮かべた。


「本当はこのまま攫ってしまいたいけれど……。何かあれば、言って。今度こそ、俺が守るから」

「う、うん」


 ぎこちなくうなずくアメリアを見て口元を綻ばせると、リュークは手に唇を落とし、そのまま帰って行く。

 あんなにヘルトと練習したのに、実際にはそれどころではなくて頬が赤くなるばかりだ。


「よろしゅうございましたね、姫様」

「……うん」


 出迎えてくれたヘルトに微笑まれ、火照る頬を押さえながらうなずく。

 本当に夢みたいだなと思っていると、何やら門の方が騒がしい。


 何だろうとヘルトと顔を見合わせている間に、見たことのある深紅と金糸のドレスが近付いてきた。



 美しいドレスに似合わぬ曇り切った表情でやってきたプリスカは、侍女を三名引き連れてアメリアの目の前に立つと腰に手を当てて胸を張っている。


「どんな手を使ったのですか、卑怯者!」


 暴言と共に平手が飛んできたので、アメリアは反射的に手で払いのけた。

 すると驚愕から憤怒に表情を変えたプリスカが何度もアメリアに手を上げるが、顔で受ける義理はないのでそれを払いのける。


 生粋の王女として過ごすプリスカと違って、アメリアは畑仕事までこなしているのだから、体力の差は歴然だ。

 すぐに力尽きて荒い息を吐いていたプリスカは、ぜいぜいと肩を揺らしている。


「……まあ、いいでしょう。リュークルートの悪役令嬢は、溺愛の後に捨てられる。シナリオ通りと言えますしね」

「え?」


 俯きながら呟かれた言葉に、アメリアの鼓動が跳ねる。

 顔を上げたプリスカは、自信に満ちた笑みをアメリアに向けて再び腰に手を当てて胸を張った。


「――何にしても、リューク様に相応しいのは、私です!」

「ちょ、ちょっと待って」


 聞き捨てならない言葉の意味を確認しようと声をかけるが、プリスカはアメリアを見ることなく立ち去ろうとしている。



 ここで逃せば話を聞くことはできなくなる。

 どうにか足止めをしようと慌てるアメリアの脳内に、赤く艶やかな果実が浮かんだ。


 そうだ、苺があれば何でもできる……!


 アメリアが手を伸ばすと、ふわりと銀の髪が宙に舞う。

 同時にプリスカと侍女の足元に大量の苺ジャムが現れた。





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― 新着の感想 ―
[一言] ハッピーエンドかと思ってからの、不穏な空気が…… まさかのプリスカが……
[一言] やっと思いが通じ合いましたね! ヘルトが思いを変える事は無いだろうが、やっぱり発言は気になりますよねー。 さてさて…ジャム攻撃…どうなりますやら〜(笑)
[一言] え? 何でも出来るにしたって程度があるだろ 手足が生えてイチゴレギオンがプリスカ拘束するの?
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