やっと会えたね
「本当に、何て美しい髪でしょう」
「艶があって、滑らかで、まるで絹糸のようですね」
「……はあ」
興奮冷めやらないといった様子の使用人達に対して、アメリアの表情は暗い。
王宮内の一室に案内されたアメリアはそのまま入浴した……というか、させられた。
使用人達のあまりの勢いに抵抗空しく磨き上げられたアメリアは、あっという間にドレスを着せられ、髪を結われていた。
翡翠色のドレスは胸元に銀糸の刺繍が施されており、植物の実を模した青いビーズがきらきらと輝く。
スカート部分は少しずつ色味の異なる淡い色の生地を幾重にも重ねていて、そのドレープはまるで流れる水のように優雅だ。
腰には濃い青緑色と銀色のリボンがベルトのようにあしらわれ、垂らされたリボンの端にも銀糸の刺繍がきらめく。
同じリボンは髪にも使われていて、編み込んだ髪と共に垂らされて揺れている。
それ以外の髪は自然におろしているのだが、ところどころに銀糸とビーズで作った小さな花が飾られていた。
鏡の中のアメリアは、まるでどこかのお姫様という感じだが……あまりにも不慣れで、何だか落ち着かない。
ハンスがお召し替えと言っていたから着替えるのは想定内だったが、まさか入浴を経てこんなに華やかなドレスを着ることになるとは思わなかった。
これは恐らく、婚約破棄する際にあまりにもアメリアがみっともない格好だと、同情票が入るかもしれないからだろう。
今後の二人を祝福してもらいたいのだろうから、アメリアはかわいそうな王女ではなく、捨てられて当然の女であらねばならない。
あるいは、曲りなりにも王女であるアメリアに対する配慮もあるのかもしれなかった。
「……あの。このドレスは誰のものなのかしら。借りても平気?」
さすがにヒロインであるプリスカが公衆の面前でジュースを投げつけたりはしてこないと思うが、何があるかわからない。
汚したら申し訳ないなと思っていると、使用人の女性はにこりと微笑んだ。
「このドレスは、殿下のために仕立てられたものでございます」
「仕立てたって。誰が?」
「リューク・クライン公爵令息の御指示です」
「……なるほど。確かに縁起が悪いから誰もドレスを貸したくないわよね」
それならばもう少し適当なドレスで十分だが、そのあたりはリュークの優しさなのだということにしてありがたく受け取ろう。
納得するアメリアとは対照的に、使用人達の表情には困惑の色が浮かぶ。
そこに扉を叩く音が聞こえ、「リューク様がお見えです」と声をかけられる。
エスコートするとは聞いていたが、まさかこんなにすぐに来るとは思わなかった。
少し緊張しながら扉を見つめていると、開かれたその奥には一人の少年が立っていた。
濃い青の上着には翡翠色の花飾りがつけられているが、これは一応まだ婚約者であるアメリアのドレスと色を合わせたのだろうか。
嫌々だとしても、お揃いは嬉しいなと思いつつ視線を上げていくと、そこには何だか見たことのある顔があった。
灰色の髪に、金色の瞳の眩い美少年は、アメリアと目が合うとにこりと微笑んだ。
「アメリア。――やっと、こうして会えたね」
「……リューク?」
聞いたことのある声に、見知った顔。
そこにいたのは、街で会った「リューク」だった。
「そう。リューク・クライン。……アメリアの婚約者だ」
そう言うとアメリアのそばに来たリュークは恭しく一礼するが、こちらはそれどころではない。
これは、街の「リューク」と同一人物ということだろうか。
あるいは、他人の空似か。
混乱しながらも口を開こうとすると、扉の方がにわかに騒がしくなった。
「――ここにアメリアがいるのでしょう!?」
声と共に姿を見せたのは四妃とプリスカだ。
どちらも五宮を訪れる時よりも華やかなドレスを身にまとっている。
特にプリスカのドレスは深紅の生地に繊細な金糸の刺繍が施されていて、とても美しかった。
リュークもプリスカのドレス姿を食い入るように見つめているが……何だか眉間に皺が寄っているのは気のせいだろうか。
これぞ王女にしてヒロインという華やかさに圧倒されたアメリアをよそに、母娘はこちらを見て一気に表情を曇らせた。
「これは、どういうことです?」
「婚約者の身支度を手伝っただけですよ、四妃殿下」
笑顔のリュークが一礼すると、プリスカと四妃が顔を見合わせる。
「アメリアは病弱ですし、とても人前に出せるような子ではありません。こんなみっともない子ではなく、プリスカをパートナーにしてはいかがです?」
病弱とは何のことだろうと首を傾げていると、リュークがアメリアの隣に並ぶ。
「みっともない? アメリアを見て、本当にそう思いますか? 星を紡いだかのような髪に、宝石のごとく輝く瞳。間違いなく夜会会場でも一番の美しさでしょうに。……私のパートナーは婚約者であるアメリアだけです」
その言葉に四妃とプリスカの表情が更に曇ったが、リュークは笑みを湛えたままだ。
「この四年間、何ひとつ反応すらしてもらえず。嫌われているのだろうかと心配していましたが……どうやら、事実はまったく異なっていたようですね」
リュークはため息をつくと、目の前の母娘をじっと見据えた。
「病弱だと嘘をつき、面会を取り次がず、贈り物と手紙を一切届けなかった理由。――お答えいただけますよね?」
言葉に詰まる四妃を見たプリスカが、リュークに顔を向ける。
遅れて揺れる金の髪が美しかった。
「病弱は大袈裟でした。ですが、姉はとても人前に出られるような女性ではなく、クライン公爵家にも相応しくありません。私達は、リューク様のためを思って」
「そ、そうです。アメリアは品もなく、教育も行き届いてはおりません。生まれからしても、プリスカの方がずっと相応しいですし、とてもお似合いですよ」
酷い言い方ではあるが一理あるなと思っていると、にこにこと笑顔の母娘を見たリュークが、それまで綻ばせていた口元をすっと引き締めた。
「国王陛下が認め、王家とクライン公爵家の間で結ばれた婚約に異議があると?」
「そ、そういうつもりでは……」
プリスカの笑みは少し引きつっているが、それでも可愛らしいのはさすがヒロインといったところか。
「正式な婚約者である私が、アメリアに会うのも贈り物をするのも、当然の権利です。今後も邪魔をするというのなら、相応の対応を取らせてもらいましょう」
吐き捨てるようにそう言うと、リュークはアメリアの手を取る。
「行こう、アメリア」
色々と気になることしかないが、この部屋に残されても困る。
ぎこちなくうなずくアメリアを見て微笑むと、リュークはそのまま手を引いて部屋を出た。
夜にキャラのイメージで作ったアバターを公開予定。
今夜はリュークです。
次話 婚約者のリュークと街で会ったリューク少年は同一人物?
そしてリュークから、まさかの言葉が!
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ありがとうございます。
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