間に合わなかった苺
その日、久しぶりに寝坊をしてから畑仕事を終えたアメリアは、のんびりとお茶を飲んでいた。
お茶といっても普通の紅茶などないので、五宮に生えている桃の葉を乾燥させたものである。
「遅いわね」
ヘルトは一緒に畑仕事を終えた後、門の方が騒がしいとか何とかで行ってしまったが、どんな地獄耳なのだろう。
畑から門まではそれなりの距離があるので、とても何か聞こえるとは思えないのだが。
「せっかく苺大福蓬餅バージョンを作ったのに」
苺関係なら想像力と魔力で何とかなるかと試してみたところ、見事に苺大福の餅を変化させることに成功した。
爽やかな緑色の餅からほのかに透ける赤い苺に、アメリアも大満足である。
「かなり疲れるから商品としては使えないけれど、おやつにはちょうどいいわ。せっかくだから一緒に食べようと思ったのに」
お茶も淹れたのだが、このままでは冷めてしまう。
アメリアは椅子から立ち上がると、建物から外に出た。
ボコボコで歩きづらい石畳の道を進んで門が見えてくると、ヘルトと門番が閉ざされた門を見ながら難しい顔をしている。
「ヘルト、どうしたの?」
「姫様。それが、門の向こうで何やらもめているようで……」
ヘルトがそう言うや否や、門が勢いよく開いていく。
その向こうには門番と使用人と思しき男女が十名ほど立っており、アメリアに気付くとその全員が頭を垂れた。
「アメリア・グライスハール第四王女殿下とお見受けいたしますが、間違いございませんか?」
使用人達の一番前に立つ男性に問われ、アメリアは目を瞬かせる。
身なりからしてもこの男性が一行の代表なのだろうが、一体何なのかわからない。
「そ、そうだけど」
アメリアが肯定するが早いか、あっという間に女性達に囲まれ、あれよあれよという間に門の外に連れ出される。
「え? 何、どういうこと?」
「――四妃殿下の許可なく第四王女殿下を連れ出すなど、許されないぞ!」
語気を荒げる門番の前に代表の男性が立ったかと思うと、何故かにこりと微笑んだ。
「過去四年間。再三に渡る要請を却下されても我が主が耐え忍んでいたのは、ひとえに王女殿下の体調を慮ってのことです。その懸念がなくなったのに、殿下にお目通りを願い出た使者がすべて追い返されました」
「四年……使者とは。まさか」
門番の驚愕の眼差しに、代表の男性がゆっくりとうなずく。
「――我が主にして、アメリア第四王女殿下の正式な婚約者。リューク・クライン公爵令息の命により、王女殿下をお迎えに上がりました。……異議があるのならば、クライン公爵家に直接申し立ててください」
その言葉で反論を封じ込めた代表の男性は振り返ると、アメリアに深く頭を下げる。
「私は、リューク様の侍従のハンスと申します。殿下をお連れするよう命じられて参りました。突然のことでさぞ驚いていることと思いますが……」
「リューク様って、リューク様よね? クライン公爵令息よね?」
「リューク・クライン公爵令息に間違いございません」
ハンスの返答に、アメリアの脳がフル回転を始めた。
この四年間、見事なまでの超塩対応を貫いていたリュークが、四妃の命を遮ってまでアメリアを連れ出す。
ここに、何の意味もないはずがない。
となれば考えられる可能性は、ひとつだ。
「……プリスカ、仕事が早いわね」
「はい?」
ハンスが首を傾げているが、こちらはそれどころではない。
まだループして間もないというのに、プリスカはもうリュークを攻略したのか。
邪魔なアメリアとの婚約解消のために、直接交渉するということなのだろう。
あるいは、二人揃って婚約破棄を告げるつもりかもしれない。
王女であるアメリアとの婚約を解消するのは容易ではないだろうが、相手がプリスカとなれば同じく王女。
国としてはどちらでもいいどころか、後ろ盾のしっかりとしたプリスカの方が好ましいはずだ。
「せっかく、苺を売ったのに……」
「苺?」
一年後の強制プロポーズまでに会えれば何とかなるなんて、甘い見通しだった。
今回のループはリュークルートなのだから、今まで通りのはずもなかったのだ。
「……今から、どこで何をするの?」
わずかな希望を見出そうと尋ねると、ハンスはにこやかに微笑んだ。
「お召し替えの上、今夜の夜会にご参加いただくつもりです」
「一人で?」
「まさか。リューク様がエスコートさせていただきます」
その一言に、アメリアの心に泥水が降り注いだ。
これはつまり、公の場で婚約破棄を宣言するつもりなのだろう。
四年間公式の場に出なかったアメリアだが、クライン公爵令息と婚約していたという事実はさすがに伝わっているはず。
それがいつの間にか婚約解消してプリスカと婚約していたとなれば、あらぬ噂が立てられかねない。
衆人環視の下で婚約破棄を宣言し、二人の揺るぎない仲をアピールするつもりなのだろう。
プリスカに強制的に好意を向けさせられていたとしても、既にここまでの行動を取るくらいなのだから、後戻りはできない気がする。
リュークと結ばれないこと自体は、まだ仕方がないと諦められる。
それでも、当て馬として見世物になれと言われるのは、さすがにショックだった。
「……行かなくちゃ、駄目?」
涙が浮かびそうになるのを堪えながら尋ねれば、それまで笑顔だったハンスが困惑の表情を浮かべる。
「だ、駄目とは。ですが、リューク様はアメリア様にお会いできるのを、心待ちにしております」
「そう……」
確かに、アメリアが行かなければ婚約破棄しようにも相手がいないわけだ。
国王への報告や書類上の手続きで終わらせることもできるだろうに、それでもアメリアを呼ぶのだから、今のリュークは公衆の面前での婚約破棄を望んでいることになる。
「姫様、大丈夫ですか?」
みるみる元気がなくなっていくアメリアに気付いたらしいヘルトが駆け寄り、膝をつく。
気遣う優しい眼差しに、一度は堪えたはずの涙が再び浮かんでくる。
「苺、間に合わなかったみたい」
こうなったら、せめてリュークの役に立って去ろう。
それが初恋の人にできる、アメリアの精一杯の恩返しだ。
ぐっと涙をのみ込むと、ヘルトに笑みを返す。
「私、行ってくる。リューク様に会って、きちんと振られてくるね」
「姫様、それは……」
何かを言おうとするヘルトを手で制すると、そのまま勢いよく歩き出す。
少なくともリュークに四年ぶりに会えるし、最初だけはエスコートもされるらしい。
もうそれだけで、十分すぎるほど幸せではないか。
「そうよ。完全無視に比べたら、公開婚約破棄だなんてむしろご褒美よね」
その瞬間、傍らにいるのはプリスカでも、リュークの視線はアメリアのものだ。
どうせ元々監禁生活だったし、今まで通りの暮らしに戻るだけ。
四年ぶりにして最後のリュークを、存分に堪能しようではないか。
アメリアは拳を握ると、そこに現れた小粒の苺を口の中に放り込んだ。
「大丈夫。苺があれば、何でもできるんだから」
夜にキャラのイメージで作ったアバターを公開予定。
今夜はアメリアです。
次話 4年ぶりの再会……?
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