また会おうね
「こんにちは、アメリア。今日も沢山売れたみたいだね」
店を離れた瞬間に声をかけられてびっくりしたが、リュークは今までと変わらない様子だ。
これはやはり、手にキスしたのは貴族の挨拶であり、特に意味はないのだろう。
少し安心したアメリアは、噴水のそばのベンチに腰かけた。
「銀の髪の、妖精のように可愛い女の子が美味しいお菓子を売っているって、街で噂になっていたよ」
リュークの報告に、アメリアはショックのあまり固まる。
苺大福が噂になるのは喜ばしいが、もう片方の意味がわからない。
「この髪が、目立つってこと? ……やっぱり、切った方がいいのかな」
「だから、切っちゃ駄目だって。こんなに綺麗なんだから。それに、髪を切ったってアメリアが可愛いことに変わりはないから、噂はそのままだと思うよ」
街での反応からしてアメリアの容姿は悪くないらしく、それ自体は嬉しい発見だ。
だが、さすがに言い過ぎである。
手にキスしたり、割り増してお世辞を言ったり、貴族男性というのも大変だなと同情してしまう。
アメリアはバッグの中から苺大福を包んでいた大きめのハンカチを取り出すと、そのまま髪を覆うようにかぶり、顎のところで端を結んだ。
いわゆる、ほっかむり状態である。
「これで髪は隠せるし、可愛らしさはないわよね」
「ああ、うん。そういう問題じゃないんだけど……まあ、いいか。それよりも、婚約者とは、どう?」
脈絡のない問いの意味がわからないが、前回、封筒と便箋を買うのに付き合ってくれたので結末が気になったのだろう。
「今まで通りよ。返事はないし、何の反応もないわ」
「……そう」
静かなその返答に、アメリアは思わずリュークを見つめる。
せっかく買い物に同行したので何らかの動きがあると面白かったのに、という落胆ならばわかる。
あるいは酷い婚約者だと怒るか、それでもめげないアメリアに呆れるのなら、それもわかる。
だが、リュークの声と表情はそのどれにも当てはまらない。
強いて言うのならば……狙い通りだとほくそ笑む、という感じか。
困惑の視線に気付いたらしいリュークは、微笑むとアメリアの手に紙袋を乗せた。
「これ、何?」
「パン。好きみたいだから、良かったら食べて」
「あ、うん。……ありがとう」
「また会おうね、アメリア」
不思議に思いつつもお礼を言うと、リュークはにこりと微笑んだ。
その翌日、苺大福だけでは寂しいので苺味のチュロスも作ってみたのだが、これもなかなか好評だった。
こちらは似たようなお菓子があるにはあったようだが、長い棒状だったことが目新しかったらしい。
更に、苺大福ほど造形に気を使わないので、そのぶん疲れない。
商品の数も増やせたことで、売り上げも伸びていた。
だが、アメリアの表情は冴えない。
「新しいお菓子を出したんだって? 早速、噂になっていたよ。可愛い女の子が美味しいお菓子を売れば、当然のことだよね」
アメリアがお店から離れると、どこからともなくリュークが声をかけてきた。
「髪を隠したのに、まだ目立っているの?」
今日は昨日よりも大きな布をほっかむり状態で被っており、結び目もあえての鼻の下……いわゆる古式ゆかしい泥棒スタイルだ。
髪もまとめているので前髪くらいしか見えないはずなのだが。
「だから、髪だけの問題じゃないんだって。その布の被り方はどうかと思うけど、それでもアメリアは可愛いし」
「なるほど。この被り方じゃ甘いということね。わかったわ、検討する」
「それで、婚約者とはどう?」
急な話題の変化に少し驚くが、これはまだその後が気になっているのだろう。
できれば喜ばせてあげたいが、事実を捻じ曲げるわけにもいかない。
「何も変わらないわよ。超塩対応の無反応」
「……うん。そうみたいだね」
自分から聞いた割には、聞くまでもないという様子だが……一体、何なのだろうか。
「布の被り方はとりあえず置いておいて、お菓子は順調よ。私、このまま苺屋として自立できるかもしれない」
「苺屋って何。アメリアの目的はお金を稼いで婚約者に会うことだろう?」
それはそうなのだが、何せドレス代までの道のりは長い。
いっそのことお店を開いてしまった方が早い気さえしてしまう。
考え込むアメリアの手に、リュークが紙袋を乗せる。
「これ、何?」
「ミートパイ。苺関係は出せても、肉は無理だろう?」
「それはそうだけど。……何で?」
昨日のパンといい、何故リュークはアメリアに食べ物を持たせるのだろう。
ありがたいのだが、意味がわからない。
首を傾げながら紙袋を見ていると、リュークが笑う声がした。
「それじゃあ、アメリア。また明日」
「私、明日は街に来ないわよ?」
ここ数日、ずっと苺大福を出し続けた結果、段々と疲労が溜まってきている。
ヘルトにも注意されたので、明日は五宮でゆっくり休むつもりだった。
だがアメリアの話を聞いていたのかいないのか、リュークは楽しそうに金色の瞳を細めている。
「うん、だからだよ。ある程度証拠も揃えたし。――また明日会おうね、アメリア」
よくわからないが、そのまま手を振って立ち去るリュークを見送る。
混乱する心を落ち着けようと紙袋を開けて顔を突っ込むと、香ばしいミートパイの香りに包み込まれた。
「とりあえず考えるべきは、髪を隠しつつ目立たない布の巻き方よね……」
王宮に近くなったらヘルトが合流するだろうし、少し相談してみよう。
ミートパイをひとつ取り出してかじりつつ、アメリアは帰路についた。
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次話 五宮の訪問者に、アメリア絶望……?
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