ループ四回目の決意
「乙女ゲーム攻略も、楽じゃありませんね。まあ、でもこれで終わりです。最後は……リューク・クライン公爵令息」
華やかな舞踏会から少し離れた夜の庭。
そこに、黒髪を揺らした可愛らしい少女が立っている。
少女がこぼした言葉に衝撃を受けた瞬間――アメリアの視界は真っ白に染め上げられた。
「――あなたには、相応しくありません!」
気が付くと、目の前に立った黒髪の少女はそう言って、アメリアの首に手を伸ばしてネックレスをむしり取った。
力任せに引きちぎられたせいで首に痛みを感じたが、それ以上に目が回っていて動けないし、上手く言葉を紡ぐことができない。
「とにかく、アメリア。あなたは社交界デビューさせません。今夜の舞踏会にも不参加です」
少女によく似た顔立ちの貴婦人はそう言うと、そのまま立ち去っていく。
貴婦人と少女、それを取り囲む侍女達の姿が消え、アメリアは一人ぽつんと取り残された。
王宮の中とは思えぬ寂れた建物に、ろくに花も咲かず、人気のない庭。
その見慣れた光景に、アメリアの口からため息がこぼれた。
「……また、ループしたのね」
これで、四回目。
こうして母の形見のネックレスを奪われるのは五回目だ。
ため息と共に、アメリアは石畳に座り込んだ。
アメリアは、グライスハール王国の第四王女だ。
しかし母親である五妃が亡くなってからは、この五宮と呼ばれる敷地に半ば監禁されており、基本的には自由に出られない。
五妃……つまり国王の五番目の妃の生んだ王女に、たいした価値はない。
侍女などの使用人も五妃存命時にはいたが、現在はたった一人が残るのみである。
使用人もいなければ当然のように食事も運ばれず、月に一度ほど最低限の食糧と生活必需品が届くのみだ。
量と質は酷いものだが、少なくともすぐに死ぬことはないのが救いである。
五妃を亡くしたアメリアの後見になったのは四妃だが、もちろん本人の意思ではなかったのだろう。
ごく稀に今日のように娘である第五王女プリスカを連れてきては、文句を言って帰っていく。
嫌われてはいるが、憎悪を向けられているというよりも、どうでもいいので放置されていると表現するのが適切な気がする。
ほとんど人と関わることのない生活だ。
今までのループと同じならば、現在のアメリアは十六歳で社交界デビューの舞踏会を控えた日のはずだが……そんなことよりも、大問題である。
「リューク様が……次の、標的」
その事実に、アメリアは小さく肩を震わせた。
プリスカが狙えば、その相手は必ず落ちる。
だって、ここはそういう世界――乙女ゲームの世界だから。
「――ということで、苺を売るわよ!」
両手を腰に当てて胸を張るアメリアを見て、壮年の男性は胡散臭そうに眉を顰めた。
「……はい?」
「欲を言うのなら、付加価値も欲しいわ!」
アメリアの主張に、五宮唯一の使用人であるヘルトは深いため息と共に首を振った。
せっかくヘルトがいた五宮の門まで来て説明をしたのに、反応は芳しくない。
「長い監禁生活を経て、ようやく外に出るチャンスだった社交界デビューの舞踏会参加が取り消されたのです。悲しいお気持ちはわかります。ですが、婚約者であるクライン公爵令息とお会いできなくて落胆するのならともかく……何故、苺ですか」
「今、説明したじゃない。私は転生して、ここは乙女ゲームの世界なの」
せっかく長々と説明したのに、一体何を聞いていたのだろう。
アメリアは自身が日本から転生したことを、四回のループを経てようやく思い出した。
乙女ゲームという言葉を口にしていたのと、これまでの行動から察するに、プリスカもまた転生者――そして、ヒロインなのだろう。
プリスカを国王生誕の舞踏会で最初に見かけたのは、偶然だ。
子爵令息だという少年にプロポーズされたプリスカは、少年が去った後にネックレスを指でもてあそびながらため息をついた。
「どうせなら、もっと素敵な男性が良かったわ。昔に戻って、やり直せたらいいのに」
プリスカがそう呟いた次の瞬間には視界が真っ白になり、気が付けば一年前に戻っていたのだ。
最初はわけがわからずに一年を過ごし、やがて再び国王生誕の舞踏会がやってきた。
気になって最初と同じように隠れて様子を見ていると、騎士団長の子息だとかいう少年と一緒だった。
そしてプリスカはプロポーズされ、やり直したいと呟き、一年前に戻る。
この繰り返しだ。
前回の宰相の令息と前々回の神官長の令息とやらはあまりプリスカに興味がない様子だったが、結局はプロポーズした。
やはり、ヒロインの影響力は凄まじいようである。
「はいはい、伺いましたよ。転生やら乙女げーむとやらはよくわかりませんが、要はプリスカ様がクライン公爵令息に懸想しているのですね?」
「何よ。ちゃんと聞いていたんじゃない」
リューク・クライン公爵令息は、アメリアの婚約者だ。
四年前の十二歳の時に顔を合わせたことがあり、そして婚約した。
それ以来一度も交流はないが、アメリアにとっては大切な初恋の相手でもある。
今までの男性達の様子からして、心からプリスカを慕っているというよりは、何らかの力に屈して好意を伝えているように見えた。
特に前回の宰相令息に至っては、嫌悪感すら滲ませてその場を去ろうとしていたし、プリスカが腕に縋りついて無理やり引き留めていたのだ。
それが、二人が近付いたと思ったら次の瞬間にはプロポーズである。
本人の意思とは別の行動だとしか思えない。
たとえこの世界がプリスカのために回っているのだとしても、リューク本人の意思を捻じ曲げるなんて酷い。
それにプリスカは「最後」と言っていた。
もうループしないのだとしたら、リュークとプリスカが結婚することになる。
「私はね、リューク様に自分の意志で好きな人と幸せになってほしいの。……相手が私でなくても構わないわ」
今までのループと同じように過ごしていたら、必ずリュークはプリスカに落とされる。
相手は世界の中心であり、王女であり、その上何とこの先聖女であることが発覚するのだ。
生半可な対応では、到底抗うことはできない。
「確かに王家の血筋は聖女が現れやすいですが。正直、プリスカ様にその資質があるとは……。それを言ったら姫様の方こそ、五妃様が聖女だったのですから可能性があるのでは?」
「プリスカがリューク様を狙うのならば、その婚約者である私はいわゆる悪役令嬢や恋敵と呼ばれる役回りよ。聖女とかそういう加点要素はヒロインであるプリスカのものでしょう」
普通は容姿、権力、財力とすべてを兼ね備えて、性格だけいただけないキャラが着任するはずだが……アメリアが悪役令嬢で本当にまともなストーリー進行ができるのだろうか。
監禁状態のアメリアと婚約以来超塩対応で交流無しのリュークなのだから、何の問題もなく落とせるという自信の表れか。
いや、宰相令息の時にも何だかもめていたし、最終的に落とせば途中経過にはこだわらないだけなのかもしれない。
「その、悪役令嬢というのは?」
「ヒロインの恋路の邪魔をする令嬢ね」
「姫様は王女です。悪役姫か悪役王女が正しいのでは」
どうでもいいところに食いつくヘルトを横目にしつつ、アメリアは気持ちを切り替えようと咳払いをした。
「とにかく、プリスカとこの世界からリューク様の意思を守りたいの。リューク様には幸せになってほしいし、どうせなら本人にこっぴどく振られたいじゃない」
「また、意味のわからないことを」
「乙女心がわからないわね、ヘルトは」
リュークの意思で婚約を解消するのならば、その瞬間は少なくともアメリアのことを考えてくれる。
四年間、恐らく頭の片隅にすらその存在が浮かばなかっただろうことを思えば、もう十分すぎるくらいだ。
「リューク様が興味のない婚約者に手間をかけさせられて嫌がる様子を想像するだけで、固いパンも美味しく食べられるわ」
「……姫様は好意がこじれて、妙なことになっていますね」
多少自覚はあるものの、そうやって楽しむくらいしかないのだから仕方がない。
「まずは、リューク様に会ってみようと思うの。既に好いた人がいるかもしれないし、本人の意思を確認して注意を促すのは有効なはずよ。それから、婚約解消の打ち合わせもしたいし」
半ば監禁状態とはいえ、アメリアは一応王女だ。
だからこそ、リュークもおいそれと婚約解消できずに四年も経過しているのだろう。
「ただ、この服装じゃあ五宮を出たところでリューク様に会うことはできないわよね」
アメリアの着ているワンピースの色は地味でデザインは古く、生地も傷んでいる上にゴワゴワとして着心地も決して良くない。
動きやすいので嫌いではないが、少なくとも王女が着る服ではない気がする。
「五宮の正面からは出られないわよね?」
「四妃様の命で門番がいますから、無理でしょうね」
この四年、正面から出してもらえたことはないので、期待しない方がいいだろう。
強行突破はできるだろうが、その後の面倒を考えると避けたいところだ。
「となると、今のところ考えられる方法は二つね。まずひとつは、クライン公爵邸を訪ねること」
この場合の問題は、五宮の正面から出られないので王女として面会を求められないことだ。
抜け出して外に出たとしても、アメリアは公爵邸の場所を知らない。
そしてたどり着いたとしても、この服装で「アメリア・グライスハール第四王女です」と言って信じてもらえるはずもなく、門前払いだろう。
そのあたりは言うまでもないらしく、ヘルトの眉間には皺が寄っている。
「もうひとつの方法は、王宮で開催される舞踏会などで会うことね」
正面から正式には出してはもらえないだろうが、抜け出して公爵邸に行くよりは距離的にもまだ現実味がある。
何より、おぼろげながら道のりがわかるのは大きい。
「どちらにしても、もう少しまともな服かドレスが欲しいわ」
「……それと、苺に何の関係が?」
「服もドレスも、お金が必要だもの。……苺だけが頼りでしょう?」
アメリアが手を出してその手のひらを見つめると、どこからともなく艶々と輝く小ぶりの苺が現れた。
――そう、苺だ。苺が出る。
日本の記憶がよみがえった今、仕組みも理由も何もわからずかえって混乱するが……苺が出る。
苺の因果関係は置いておいて、とにかくこの苺が売れればお金になるはずだ。
何せ魔力が減るだけで、元手はタダ。
こんなありがたいことがあるだろうか。
「まあ、色々と問題は山積みだけど……大抵のことは、苺で何とかなるわ」
何も持たないアメリアが自由にできるのは、苺だけ。
だが、「苺があれば何でもできる」というから、きっと上手くいくはずだ。
「……なりますかねえ?」
ヘルトの表情は曇っているが、何でもやってみなくてはわからない。
アメリアは大きくうなずくと、拳を高々と掲げた。
すべてはリュークの、初恋の人の幸せのため。
「私、やるわ。――必ずリューク様を、私の苺で幸せにしてみせる!」
新連載「苺姫」開始!
苺馬鹿の虐げられ王女と泣き虫ストーカー公爵令息が、苺の力で聖女のループに立ち向かうお話です。
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※今夜2話まで更新予定です!
※今夜「そも婚」の番外編を更新予定です!
第8回ネット小説大賞を受賞作
「婚約破棄されたが、そもそも婚約した覚えはない」(略称・「そも婚」)
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