26.婚約者と恋人の差
システィアーナが触れた部分から熱くなるような、そこにばかり意識がいくような──エルネストは、ダンスに集中できなかった。
久し振りのシスティアーナとのダンスである。
ダンスの訓練用に着替えられた衣装は、飾りもない簡素な物ではあったが、夜会服に合わせた踊るためのデザインではあった。
いわゆるイブニングドレスと呼ばれる物で、その多くは肌の露出も多めで、デコルテが広く開いた物が多い。
腰を支える手に直に背が触れるほど開いたものを着る女性もいたが、システィアーナはアフタヌーンドレスに近い袖も襟もある、勿論、デコルテや背が出ていないものを着ていた。シルエットはイブニングドレスで、踊りながらの裾捌きなどの練習も兼ねている。
夜会で踊るものは、音楽に合わせてゆっくりと身体を動かしながら会話を楽しみ、交流するために行われるのだが、今回はステップと裾捌きの練習と、適度な運動を兼ねていたので、講師を招いての競技ダンスなみにハードなレッスンだった。
王族ともなれば、どんなに苦しくても指の先まで綺麗な動きをせねばならず、ステップを間違えたりパートナーの足を踏むなどあってはならない事態だ。
みな、真剣に踊っていた。
マナーやダンスの講師もいたが、殆どがまだ慣れないリアナにかかりきりであった。
しばらくはシスティアーナとエルネストで組んでいたが、カルルが代わりたそうにしているのと、少し彼女を休ませてやるために、アナファリテが座っていたセディへ向かった。
「エル従兄さま、ありがとうございます。とても楽しかったですわ」
侍女に手拭いを手渡され、滲む汗を拭いながらも微笑み礼を述べるシスティアーナは、間近で見るのも久しぶりだったからか、エルネストには眩しかった。
「僕も久しぶりに踊ったから、うまく踊れてたか自信はないよ」
「大丈夫ですわ。昔からエル従兄さまは運動神経もカンもよかったですもの」
「一緒に踊りたいと言う女性は多いのだから、もっと夜会で踊ればいいのにね」
「フレック。僕は、そんなにダンスは好きじゃないから⋯⋯」
頰を上気させてより色気を醸し出すアナファリテを伴って、フレックがホールから戻ってくると、侍女がすっと静かに寄ってきて、果実水を差し出す。
恥ずかしそうに視線をそらすエルネストを、フレックが揶揄う。いつものやりとりだ。
「ほら。だから、アナには、他の男性達とは踊って欲しくないんだよ」
「いや、別にそんなんじゃないよ、フレック」
ただ、恥ずかしい気になるのと、目のやり場に困るだけで、人妻にどうこう言う気はない。
「ホント心の狭いこと。私が貴方以外の男性に誘惑されるとでも思って?」
「そうじゃないよ。君の素敵な所を、他の男性に間近で見て欲しくないだけだよ」
「ほら、心の狭いこと。私は貴方の物なんだから、他の誰が見ようと関係ないでしょう?」
「だから、そうじゃないんだってば」
ふふふ。システィアーナが、目を細めて羨ましそうに二人のやりとりを見ている。
事実、羨ましかった。
婚約者が居たのにも拘わらず、睦まじい関係を築けなかったのだから。
「貴族階級の決められた婚約者と、心の通じ合う恋人は違うよ、シス」
「わたくしはたまたま想う方に見初められて、婚約・結婚できたけれど、お家やお国のために婚約する貴族には、お互いの努力と歩み寄りがなくては、絆は深められないものよ」
システィアーナの視線に含まれる感情を正しく読み取り、フレックとアナファリテが慈愛のこもった目でシスティアーナに微笑みかけた。