8.侯爵家の婿養子は子爵令嬢がお好き
又従兄の手を借りて、サラディナヴィオ公爵家の馬車に乗り込む。
「元気すぎるのもあれだけどね。それにしても、オルギュストの愚かさには呆れるね。常々、婚約者としてどうなのかと思っていたが、義務を果たさないどころか、堂々と不貞を晒すとは」
「よほど、わたくしのことはお気に召さなかったのでしょう」
「それこそ、愚かだよ。見る目がないし、そもそも王命をなんだと思っているんだ」
「国王陛下に命じられた、家名を残すための意に染まぬ婚姻より、心惹かれる平民の娘と添い遂げる方が、あの方には大事だったのでしょう。跡取りではないのですから、お好きになさればよろしいのですわ」
もっとも、彼女が平民であると理解しているかどうか。
ため息をついて窓の外を眺めると、城下町の貴族街は、社交シーズンである事もあって、どこの邸もきらびやかな輝きを放っていた。
「まあ、そう気を落とさないで。婿養子に入る身でありながら、婚姻前から他の女性に目移りするような貞操感のない、頭も弛い男を迎え入れるハメにならずに済んだと思えば。結婚してから、愛人や婚外子を隠していたのが発覚するような醜聞になったら大変だったからね」
「今でも充分、醜聞ですわ。王命を無視して、王家主催の夜会のドレスや装飾品も用意せず、誕生日の祝いにカード一つよこさない。添うべき婚約者を放って平民の娘をエスコートなさったり、挙句、衆人環視の中で堂々と婚約破棄宣言。わたくしを蔑ろにしただけではなく、わたくしと婚姻せよと申し付けられた陛下をも軽んじた行為ですわ」
「それなんだけど、オルギュストのやつ、もしかして子爵令嬢が平民だと解ってないんじゃないのかな?」
「やはり、エル従兄さまもそう思われます?」
「父親が子爵位を頂いているから便宜上子爵令嬢と呼んでいるが、世襲制はない官僚爵位の仮称号だ。お役目を降りれば子爵でなくなるし、亡くなるまで子爵であり続けても、婿をとったところで彼女もその子も子爵を継げない。官僚としての役目をスムーズに行う為の権限貸与だぞ?」
「おわかりではないのでしょうね。ですが、どうでもいいことですわ。あの方には、侯爵家の婿養子に入るより、子爵令嬢を娶る方がよろしいのですから。夜会でも国家行事でも捨て置かれる扱いに、もうほとほと愛想が尽きましたもの」
──元々、愛想も愛着もそれこそ愛情も持ち合わせてはおりませんが