7.エスコート
何往復しようとも、それが馭者の仕事であるし、馬も全力疾走させる訳でもなく、翌日の馬丁の手間もそんな労力でもないだろうが、ありがたい申し出ではあるし、知らぬ仲という訳でもない。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますわ」
もしかしたら、気分が萎えたと言うのは自分を気遣う建前で、送るために帰るのかもしれなかったが、敢えて気づかないふりをして、厚意に甘える事にした。
気遣いを無にして恥をかかせるほど子供でもない。
「お兄さま、そういえば、どなたかエスコートしていらっしゃらなかったの?」
確か、婚約者や恋人などの決まった相手はいなかったとは思ったが、夜会に一人で参加する者も少ない。
「ふふ。嫌味かい? 私に恋人や婚約者がいない事は知っているだろうに」
「もちろん、存じ上げておりますわ。でも、お兄さまほどおモテになる方が、独り身で参加なさるのかしらと思いまして」
「少なくとも、今夜エスコートした令嬢がいたなら、その方を置いて、君を送って帰るなんて事はしないよ」
「それもそうですわね」
「兄」と呼んではいるが、兄妹ではない。いわゆる幼馴染みという間柄である。
6つ下の妹が産まれるまでひとり娘として育ち、産まれたのも妹であったため、侯爵家の跡取り娘としてそれなりに、領地の統治や経済学、貴族院の一員となる為の国法や近隣諸国の交流に関する知識や地理歴史など、多岐にわたり学んで来た。
二人とも、王宮で同年代の子女が集められ、王子や姫と共に学ぶ学友として、選ばれた数人の一人でもある。
母方の又従兄妹でもあるので、兄呼びなのだ。
「父が隣国へ出向中だからね。母のお伴だったんだけど、母は、今夜は仲の良いご婦人方と深夜までお喋りをしたあと、そのままご婦人方とグリニッズィア侯爵邸にお泊りなんだそうだ」
「そうでしたの。ユレイナ従伯母様はお元気そうで良かったわ」