35.カルルの戦略──ミイラ取りがミイラに?
美しさと可憐さ、家柄だけでも妻に望むに価するというのに、知性、語学、性格といった総合的な社交力は、正に理想。
甥や姪に土産を手渡す。万が一気に入らなかった場合のために予備の品物もあったので、それを彼女にも土産と称して贈り物をしても良かったが、この場では手渡さない。
あくまでも甥や姪への土産だから。
勿論、育ちのいいシスティアーナは、自分だけ何もなくても、もの欲しげに見たりねだる視線をよこしたりはしない。
後日、理由をつけてより良いものを贈ってやれば、ここでもらえなかった分、その贈り物は強く印象に残る。──はずだった。
いざ会ってみれば、思ったより育ちの良さが出ていて、期待したよりも美しく愛らしい。
ついつい、綺麗な所作で自分のためにお茶を淹れてくれる彼女をみていると、なぜか顔色が悪くなってきた。ここは頰を赤らめる場面ではないのか?
王女の許可が降り、学習から辞すると言うので送ろうと思ったが、元々訪ねた目的が語学指南である事を理由に断られた。
その代わり、早速贈り物のチャンスが来た。
挨拶もきっちりと済ませられなかった事と、見舞いの意で、翌朝一番に、懇意にしている花屋の薔薇を買い占め、差し色にガーベラやチューリップなど、女性の好む種の花を取り混ぜて、大量に贈った。
──邸中に飾ってどこでも目に入れば、いつでも私を思い出すだろう。
印象づけるためとはいえ、ちょっと自分でも多すぎたか?とは思ったが、選んでいるうちに小型の荷馬車いっぱいになってしまった。
らしくない。花を選ぶのに迷うとは。そしてそれが楽しいなどとは。
彼女の驚く顔を見られないのが残念だが、これで自分のことはそうそう忘れないだろう。
そう思っていたのに。
次に会ったとき、システィアーナは、王家の秘匿する白薔薇──通称『女王の薔薇』を身に纏っていて。
しかもユーフェミア王女殿下が、含みのある笑顔で「可愛いでしょう?」とシスティアーナの肩を抱き、自慢げに訊いてくる。
「これは、王家のもの。お前如きが手を出すな」
と、そう言われているようにも感じた。
なぜ、こんなに屈辱感を味わっているのか?
なぜ、ユーフェミア王女にここまで、笑顔で弾き出そうとされているのか。
いつもなら、この段階で手をひいていただろう。
物事は無理を通そうとすると抉れる。引き際を見極めるのも外交には必要な事だった。
だが、どうしても、もう一手二手、足掻いてみたくなった。
──まったく、らしくない
王家の白薔薇で飾られた美しい宝物が、欲しくなってしまったのだ。
さて、次はどの手で行くか⋯⋯
カルルは、多くの女性が頰を染める綺麗な笑顔で、薔薇を飾った姿を褒め、システィアーナに微笑みかけた。