32.初めての花
フレック夫妻は、何かを納得、満足した顔で自分達の予定に向かった。
ユーフェミアも、勉強会の下準備と、個々の自室で待たせている妹達を迎えに行く。
侍女を呼びにやればいいというアレクサンドルの言葉は流され、ユーフェミアは今にもスキップをしかねないほどの機嫌の良さで、妹達の控えている私室へ向かった。
侍女やメイドが数名壁際に控えているので誰もいなくなったわけではないが、貴族の屋敷や王宮で働く使用人というものは、目と耳を閉じて気配を絶ち、姿は見えるがいないものとして扱われる。
ということで、王女達に与えられた勉強部屋ではあるが、残されたのはシスティアーナとアレクサンドルだけになった。
「ユーフェミアがあのような事を言って、恥をかかせてすまなかった⋯⋯いや、あのような事を言わせるような行動をとった、わたしが悪かったのだね。許してもらえると嬉しい」
「いいえ。お気になさらず。ミアも本当にそう思って言った訳ではないでしょうから。それに、こんな子供じみた事をしてしまった、わたくしの方こそ、ご迷惑をおかけしました。わたくしが困っているのを見かねて、まわりから隠そうとしてくださったのでしょう? 驚きましたけれど、わたくしのために動いてくださったことは嬉しいですわ」
システィアーナの嬉しいとの言葉に、アレクサンドルから言葉での返事はなかったが、今までに見たこともない、得意のアルカイックスマイルではない心からの笑みを見て、システィアーナは息が詰まるような、息苦しさを感じた。
(王族の方々は、整われた容姿をなさっている方が多いけれど、特にユーフェミア様とアレクサンドル殿下は、ご両親に負けない美しさだから⋯⋯)
頰が熱くなるのを誤魔化すように俯いて、腰元に挿した薔薇を抜いていく。
「あ⋯⋯ 似合っていたのに。でも、仕方ないね。目立つし『女王の薔薇』だから意味深にとられかねないか、ら⋯⋯? そうか。色も形も似合うし香りもそんなに強くないから、見舞いにもちょうどいいかと思ったのだけれど、同じ温室の薔薇でも『女王の薔薇』を贈った事も、わたしが悪かったのか」
システィアーナとしては、量も考えて欲しいと思ったけれど、口には出さなかった。
「とても慰められましたわ。昨日一日、素敵な薔薇を眺められて、幸せな気分で過ごさせていただきましたもの」
それは、嘘じゃない。ジャムを作ったり、湯に浮かべて入浴し、寝室に飾って眠るまで、本当にいい気分だったのだ。だから、ショールにひっかかった薔薇を見て、自らを飾ってみたくなった。
ただ、王家保存の、女王のための薔薇であったために、誤解を生みかねないと言うだけで。
「女性に花を贈るのは初めてでね。妹達にも花は贈ったことがないんだ。初夏の母への感謝週間の定番の花一輪と、冬の慰霊祭の白百合は数に入らないだろう?」
「そうですね⋯⋯ アレクサンドル殿下の初めての見舞いの花を頂けるなんて、光栄ですわ」
王太子という特別な地位が、女性に花を気軽には贈れなくしている。
それなりの理由があっても、女性に花を贈ると、特別な意味があるのか邪推されたり、相手に期待させるかもしれないからだ。
「だが、システィアーナ嬢なら、再従叔母だし、祝いや行事のものではないのだし、ちょっとした思いつきなのだけれど、贈ってみたくなってね」
男性にしては綺麗すぎる笑顔で「不思議と、人に花を贈るだけで、自分の胸も温かくなれるのだね」そう言って、アレクサンドルは公務に戻っていった。