3.こんなはずじゃ⋯⋯?
なんか変だ。前はこうじゃなかった。
いつものように、メリアが鉄瓶で湯を沸かし、戸棚から安眠と精神の尖りを鎮める効能の高いハーブを選んでブレンドし、蜂蜜やドライフルーツで味を調えて飲んでいただく。
ここにはベッドもなく、ソファにクッションはあるので枕に出来ないこともないが、ユーフェミアの教えに従い、膝を差し出す。
そうすることに抵抗はない。少々気恥ずかしくはあるが、褥を共にする訳でもなくただ、自分の膝に頭を乗せたアレクサンドルが眠るまで見届け、目覚めるまで待つだけ。
時折身動いだ時にブランケットが落ちないよう掛け直すくらいで、ただ見守ればいいだけだった。
が、何度目かから眠るまで手を握る事になり、先日侯爵邸まで送ってもらった時から、上を向いて仰向けになり、寝入る前に見上げてくるようになった。
気恥ずかしいなんてものではない。
単純に照れるし、見られているのが居心地が微妙で、落ち着かない。
寝物語を語るでもなく、ただ見つめてくる。
誰にも言えないが入眠する瞬間が可愛らしいので、ため息の出る美しい人が可愛らしくコトンと寝入る瞬間を見られるのは役得だと思う。
だが、なんて言うのか、『違う』と感じるのだ。
多忙を極め疲れの取れない王太子の役に立つなら、膝のひとつふたつ貸すことに異存はないし、寝入りやすくなると言うなら、ハーブティーくらい何度でも淹れて差し上げる。
だが、手を握って眠るのを見届け、目覚めるまで見守るのは、恋人や奥方、もしくは母親の役目なのではないだろうか。
このブランカの隠れ処は、複雑に角を曲がったり柱の陰を抜けたりするため、廊下を普通に通るだけでは目にすることはない、奥まった、奥宮本館と王太子宮の繋ぎ目の隙間に出来た、王城見取り図にも載っていない秘密の小部屋だ。
更にその入り口も、ただの壁にしか見えず、レリーフ彫りの壁飾りの仕掛けを外さねば入ることも出来ない。
だから、慎重に後をつけ、どうやって入るのかを見ていない限り、ここにふたり(と、補佐官と侍女)が居ることは誰にもわからない。
この部屋の存在を知るものは、エスタヴィオとロイエルド、ファヴィアンとメリア、亡き先々代王エイリークの王佐をしていたアルトゥール・エスタクィア・ドゥウェルヴィア公爵。
代々の王太子が、現国王に案内されて知る小部屋であるが、先代のウィリアハムは様々な理由から現在もその存在を知らない。
体力的に王宮内を歩き回らない事や、休憩をとる時は医師や薬師と共に執務室の隣にある続き部屋であり、敢えて奥まったブランカの隠れ処まで行くことはなかったためである。
ゆえに、アレクサンドルがここで仮眠をとっている事は、ユーフェミア達弟妹も知らないのである。
知られていないからいいのか、と言われると、今日みたいにアレクサンドルに連れられていくのを見られれば、ある程度の想像をされてしまっているのではないかと心配になる。
それでも、信頼しきってシスティアーナの淹れる茶と膝枕の子守りを望まれると、断れない。
そう、これは子守り。身体は疲れているのに神経が緊張状態から解けなくて眠れない子を寝かしつける、子守りなのだ。
それに、恥ずかしくても緊張しても、一度も嫌だとは思ったことがないのだから。