1.予徴
里帰り公務以降、アナファリテとフレキシヴァルトの仲が前にも増して熱い。
システィアーナは、傍にいると約束したことを後悔しそうなほど、ふたりから熱を感じていた。
(今年中に、御子が出来るかも⋯⋯)
それは確かにめでたい事ではあるのだが、王太子より先に? いいのだろうか。
「まあ、仕方ないよね? 僕はまだ独身なんだし」
「えっ」
今、口に出してた? システィアーナは口を両手の指で押さえ、振り返った。
「ああ、まわりからのね、圧が凄いんだよ。フレックが先に結婚した事も、僕が未だ婚約者も立ててないことも、交際相手すらいないことも。父上がまだまだお若くて、僕が王になるのは当分先だからいいようなものの、って言外の含みを持った、ご令嬢や美姫を勧める長老方がね。元気なのはいいことなんだけど、もっと別のことに熱を入れて欲しいかな」
フレキシヴァルト夫妻を見るアレクサンドルの目は温かく、弟夫婦が睦まじいのはいいことだと感じているようだ。
そして、少し羨ましそうでもある。
「そんなに、今すぐ妃を貰わなきゃって気はしていないんだけど、アナファリテ妃に支えられているフレックが羨ましいとは思う。実際、彼女を迎えてからのフレックは、とても落ち着いて、前にもましていい仕事をするようになった」
今日も、白い肌に薄らとクマが出来ている。
幾ら手入れをして艶を出しても、栄養価のある物を摂ろうとも、質のよい睡眠を得られなければ、クマは出来てしまう。
そっと、目の下に指先だけを触れる。
「まだ、よく眠れないのですか?」
アレクサンドルは、己の目の下に微かに触れるシスティアーナの指を取り、口元に引き寄せる。
「また、休めるお茶を淹れてくれるかい?」
唇が触れた訳ではないが、言葉を乗せた息がかかり、まるで口づけられたように感じて、頰を染めて手を自分の胸元に奪い返す。
「お、お望みなら」
「お望みだよ」
「わ、わかりましたわ。ここで?」
「いや、白の小部屋がいいかな。枕も欲しいし」
今居る場所は、奥宮のティーサロン。フレキシヴァルト夫妻と、ユーフェミア、アルメルティアが、休憩していた。
「フレック、アナファリテ妃。少し、ティアを借りるよ」
「今日は、わたくしは午後は公務はございませんので、お気遣いなく」
フレキシヴァルトも黙って頷く。
ユーフェミアとアルメルティアも、午前中の予定は滞りなく済ませ、午後からの余暇をゆっくり過ごすつもりだった。
「シスが居ないの、つまんない」
「済まないね、一刻程でお返しするよ」
口を尖らせた次妹に笑顔で返すと、アレクサンドルは、システィアーナの肩を軽く押して歩き出すよう促し、システィアーナも頷いて後を追いサロンを出て行く。
フレキシヴァルトの私設秘書で、専任護衛騎士の従騎士であるエルネストは、主アスヴェルと共にフレキシヴァルトの座るソファの後ろに立ったまま、この場では発言権がないゆえに、ただ黙ってその流れをずっと見ているしかなかった。