69.レガリア
昨日の仕事の報告を上げに来たのに、フレックとアナの夫婦の語らいに出会し、ドアをノック出来なくなってしまったエルネスト。
しかも、内容が謎だ。
フレックが、誰かを想っていて、諦めた? そんな事あるだろうか?
あんなに睦まじい夫婦はそうそうあるもんじゃない。
そう思っていたのに。
人を想うということがどんなものか、アナが初めて教えてくれた、とフレックは言っていたのだ。確かに。
アナファリテも、ユーフェミアの話し相手候補として城にあげられ、その後も学友として残されたひとりで、他の令嬢のように貴族学校や淑女教養学校に通っていないため、さほど男性と知り合う機会もなく、フレックが初恋だと言っていた。
互いに初恋同士の睦まじい夫婦のはずだ。
「昨夜も言ったように、君が思うような存在じゃない。君と比べるべくもない。そうだな、こう言えば納得できるかな? 彼女は、僕達王族の男児にとって、王笏や宝珠、王冠などのレガリアと同じなんだ」
ますます意味がわからない。
王族の男児? 僕達って、僕らはいい加減大人で、フレックは結婚もしてるじゃないか。
首を傾げたくなるエルネスト。
しかも、とある女性が、王権の象徴レガリアと同じ? 何を言っているんだ?
「公爵が僕達王族の男児を集めて、膝の上で眠る彼女の髪を梳いて見せながら言ったんだよ。
『先代の王までは、儂やこの子のような、金紅色の髪をした緋色の眼のコンスタンティン一族だったんだよ』」
五代前の女王ブランカが最も有名だが、他の王も、磨き込まれた赤銅色や薔薇色の髪と緋色の眼が特徴だったのは確かだ。
エルネストの祖母も、ブランカ王の妹の興したエステール公爵家の現女当主だ。システィアーナの祖母はその妹である。
「以前、リングバルドのユーンフェイル殿下が来た時に、髪と眼を見て、王女だと勘違いしたことがあっただろう?」
「ええ。憶えてるわ。それに、王子妃教育の中で、歴代の王を学んだから、緋の眼の一族のことは習ったもの、知ってるわよ」
「もちろん、あれは、確信犯で勘違いしたフリをしたんだと思うがね」
「私もそう思うわ」
隣国の王宮を訪ねるのに、その国の歴史やしきたり、大まかな王族の名や法律などを下調べしないはずがない。
「『この子を守れる男になれるか? この子の幸せを守るために、貴族達を導き、国民を豊かにする事が、お前達に出来るか?』公爵閣下は、そう続けたんだ」
フレキシヴァルトの話を聞いても、エルネストは思い出せなかった。
彼女とは誰で、公爵閣下も誰のことなのか。
そんな事が、本当にあったのか?
「公爵閣下の、真意は未だわからない。彼女を守っていける配偶者を育てたかったのか、彼女を餌に、僕達に王族の有るべき姿を教え込もうとしたのか。或いは単に、老いて必ず先に逝くご自身の分も彼女を守って欲しいと望んだだけだったのか」
フレックの話は、誰のことをいっているのか、そして、アナの言う、諦めたとはどういう事なのか。
エルネストは動揺と動悸でと胸が苦しくなってくる。
「事実、あの場にいた従兄弟達は、こぞって彼女を手に入れようと、あれこれ画策した。だが、欲しくなったから手に入れようとしただけ。公爵の望むような、王族らしい行動など気にしていなかった」
「だから、排除した」
それまで普通に話していたと思われる声色が、急に重く低くなった。