68.聞き耳を立てるエルネスト
従騎士エルネストの朝は早い。まだ陽が昇りきらないうちに起き出し、自分と主人たる正騎士の武具を点検、身嗜みと装備を整え、主の朝の世話をする。
それは、外出先でも変わらない。
近衛騎士でフレキシヴァルトの護衛官のアスヴェルは、公爵家の嫡子でありながら、手間のかからないよい主人だった。
中には、ベッドで姫君よろしく待っていて、従者や従騎士に顔を拭わせたり髭を剃らせたり、髪を梳らせ着替えから歯磨きまでさせるお坊ちゃまもいるのだ。
(騎士科に進まなくてよかった)
同級生の嘆きを聞いてはいつもそう思ったものだ。
一晩経って、陽も昇ったことだし、そろそろフレキシヴァルトに昨日の残務整理の報告をしてもいいだろうか?
サレズィオス侯爵家の執事の一人にフレキシヴァルトの居室を訊ね、案内される。
小花とハーブのリースがかかった、可愛らしい扉に案内された。
(そうか。きっと、ここはアナの部屋なんだな)
女性の自室とあって、ノックするのを躊躇っていると、中から微かに声がする。
「君も、案外しつこいね?」
「どうしても気になるのよ」
フレキシヴァルトとアナファリテの会話の一部が聴こえているらしい。
寝起きのようではなさそうなので、改めてノックをしようと手をあげる。
「ゆうべは僕がどれだけ君を愛しているか、しっかりと教えこんだはずなんだけどな?」
おおぅ、入りづらいぞ、夫婦の明け透けな会話に照れるエルネスト。
「どうやってあなたが彼女を諦めたのか、知りたいの」
なぬ? どういう話なんだ? 秘書とか女官にスカウトしようとして断られたとか、そういう話じゃないよな。さっきの台詞と繋がらないし。
フレックはアナが初恋じゃなかったか? そういう話を聞いた事があるぞ? 人を想うということがどんなものか、アナが初めて教えてくれた、とかなんとか。
どーいう事なんだ!?
立ち聞きはいけないと思いつつも、どうしても気になって立ち去れなくなってしまったエルネストだった。