67.偶像視
フレキシヴァルトが涙を滲ませるアナファリテを宥めて天蓋の内側にこもった頃。
「エル従兄さま。フレックのお仕事お疲れさまですわ」
「ああ。ありがとう。僕は騎士を目指していたはずなんだけどね。で、フレックは?」
馬から降りて、サレズィオス侯爵家の馬丁に預けると、玄関口に迎えに出たのがシスティアーナとサレズィオス侯爵家の家令なのに不思議に思ったのだろう、フレキシヴァルトを探して首を巡らせるエルネスト。
「お仕事の報告は、急ぎなの?」
「いや。でも、私事じゃないから、なるべく早く報告した方が落ち着くから」
「そう。でも、急ぎでないなら明日の朝まで待ってあげて?」
「なんかあったの?」
「別に? ただ、アナファリテが少し不安定で、フレックに甘えてるみたい?」
夫婦の会話の内容を知ったら驚くだろうが、当然知らないシスティアーナは、単に、疲れと、王子妃として初めての帰郷公務に緊張していたのが、実家に来たことで気が緩んだのだろうと思っている。
「そう。あの二人はベタ惚れ相愛夫婦だからなぁ。朝まで待つしかなさそうだね」
エルネストも、自分が3つフレキシヴァルトが4つの頃からの付き合いだが、フレキシヴァルトが特定の女性に興味を持ったり積極的に近づいているのを見たのは、アナファリテが初めてだったので、そうだと思っている。
「王都から馬を駆って来たのなら、夕食はまだなんでしょう?」
「うん。馬を休めるために馬車駅で休憩をしたから、一応軽食は摂ったんだけど、やっぱり空腹かな」
「お務めご苦労さまです。サラディナヴィオ公爵家のご子息が到着されましたら厚く遇するよう、主人から申しつかっております。すぐに湯の用意をさせますので、まずはお食事を。どうぞこちらへ」
恭しく頭を下げる家令に頷いて、案内されるエルネストは、さすが公爵家の令息らしい佇まいだった。
愛妻の公務に付き合うために、早めに仕事を切り上げ王都を発った主人の代わりに残務整理をし、追って馬を駆って来たわりに、埃っぽさや乱れた姿を見せないスマートさはさすがである。
さすがエル従兄さまだわ。
いつでもいい意味での本当の貴公子然とした風采、馬や動物に好かれ扱いが上手く、騎士科に通ってもいないのに馬術も剣術も正騎士に褒められるほどの腕前を持ち、滅多なことで声を荒げたり動揺した姿を見たこともない。
幼い頃、ユーフェミアと二人で騎士物語に夢中になった時の、理想像をそのまま切り出したようなエルネスト。
お父さまの仰ってた縁談は、どうなったのかしら。
システィアーナは、エルネストの背を眺め、ぼんやりとそんな事を考えながらついて歩いた。