65.初恋か、初の恋愛か
フレキシヴァルトは、窮地に追い込まれていた。⋯⋯というような気分である。
「え、いや、あの。なんで、そんな話に?」
「普通に、ちょっと気になっただけなの」
サレズィオス侯爵邸。領地の中心のマナーハウスだけに、本館も迎賓館もそれなりの趣のある立派なものだ。
アナファリテは今、この場にはいない。それは感謝した。
システィアーナとて、それくらいの配慮は出来る。
ただ、答えに窮する質問を投げかけられて、引き攣った笑顔のまま、脂汗をかきそうなフレキシヴァルト。
「アナは、フレックが初恋だそうなのだけれど、フレックもなんでしょう?」
なぜ確信を持って、そうだと訊いてくるのか。
よくある、親戚のお姉さん、若い叔母さんを嫁にもらうんだなどと張り切る少年のそれや、小さな女の子が護衛官や親戚のお兄さんのお嫁さんを夢見る、といったものを言っているなら『違う』だ。
夜ごと夢を見たり、動悸を抑えながら話したり、真剣に交際を考え、将来を見据える事を言うのなら『そう』だ。
即答しなければ。即答できなければ、『違う』が確定してしまう。
「だって、アナが、自分はそうだけど、フレックは、多くの令嬢達や他国の美姫に会う機会もあるし、その中でいいなと思う人に出会ってないはずがないって言うのよ? だから、わたくし、言ったの。フレックは、見た目だけで選んだりしないって」
「そりゃそうだ。美人なら誰でもいいって訳じゃない。上位貴族の令嬢や他国の美姫だからと言って目移りする訳でもない。むしろ、美人かどうかは重要じゃない。アナだから惹かれたんだし、アナだから結婚しようと思ったんだ」
「そうよね! フレックならそう言うと思ってたわ」
微妙に焦点がズレたが、フレックは、敢えて気づかないフリをした。
『アナが初恋か』から、『美女がたくさんいたら目移りするか、気になるか、アナだから惹かれたはず』に。
ふたりは初恋同士の、ただの政略結婚ではないちゃんと想い合っての恋愛結婚であると信じるシスティアーナに、迂闊なことは言えない。
相愛になり、交際を重ね、互いを尊重し合う夫婦になる『恋愛』は、確かにアナファリテが初めてである。
だから、そういうことにしておこう。
フレックは、努めて笑顔を浮かべ、冷静なフリをした。