58.光 .
メリアは、当たり障りなく且つ正確に、アレクサンドルが体調を回復できない時にシスティアーナの調合したハーブティーで休むこと、それが数回、今回は、ハーブティーを入れた後、馬車が居ないために帰れないシスティアーナを、晩餐まで予定のないアレクサンドルが送ると申し出たこと、馬車の中で仮眠をとったこと、本当に休めたのか、向こうからの申し出だからと送らせたのは間違いだったのではと心配するシスティアーナに、アレクサンドルが冗談半分にシスティアーナを抱き上げて馬車から降ろして邸の中まで運べるくらい元気になったと言ったこと、その後は見たままだと報告した。
報告を聞いて、エルティーネはため息をついた。
「そう。幼少の砌にも、人酔いを起こして倒れたアレクサンドル殿下を、無邪気に甘えるシスティアーナが助けた事が幾度かあったけれど、今でもそうなのかしら?」
「確かに状況は似ていますが、殿下はあの時のように、人の悪意に酔った訳ではなく、多忙を極めての睡眠不足と栄養失調が原因だと思われます」
「仕方のない事なのかもしれないけれど、いい歳した大人なのだから、体調管理はご自身でちゃんとしていただかないと」
「私が見たところでは、休憩をあまりとらずに、仕事中にも、肉や野菜をパンに挟んで片手で軽食を茶やスープで流し込みながら書類仕事をなさり、寸暇を惜しんで職務を全うなさろうとされておられるように見受けられました」
もちろん、システィアーナに付き随って王宮に入った時のことしか解らないがと付け加える。
宮廷女官ではない、侯爵家の個人の使用人であるメリアは、王宮内でも足を踏み入れる事を許された範囲と、立ち入る事を禁じられている場所があり、いつでもどこへもついて行ける訳ではない。
そこは、ファヴィアンやエルネストと違う点だ。
「困った方ね。人には、出来る事も、使う事の出来る時間も、限られているわ。なんでもご自身でなさろうとせずに、信用のおける、仕事を任せられる部下を育てなくては」
「あの頃の殿下は、家族以外の貴族総てが敵のようでした。
今も、無条件に気を許せる相手は、エルネスタヴィオ公爵家御長男 様と、サラディナヴィオ公爵家御長男 様しかおられないのでしょう」
同じ先祖を持つ王族、公爵家の人々ともあまりプライベートでは付き合わず、冠婚葬祭や慶事などにカードを送るのみなのは有名だ。
「メリア。心苦しいでしょうけど、何かあれば報告してちょうだいね」
「心得ております」
頭を下げ、エルティーネのリビングを辞する。
メリアは、だいたいのあらましは正確に答えたが、ひとつ、アレクサンドルに茶を入れた後、休む間に膝枕をしていたり、アレクサンドルがシスティアーナの頰に触れようとしたりした事は話さなかった。
腹に一物を抱えた貴族達の表面と心の裏側を、忠誠を口にしながらの隠された悪意を、敏感に感じ取り闇の中に取り残されたまだ十歳にも満たない少年期だったアレクサンドルにとっては、裏表のないシスティアーナは、正に光であったであろう。
そのシスティアーナが癒やしになると言うのなら、それはいいことなのだろう。
──アレクサンドルにとっては
では、システィアーナにとっては?
アレクサンドルにとっての光となる事は、あの頃はともかく今のシスティアーナにとって、いいことなのだろうか?
今の段階では、メリアにはその答えは見えなかった。
だから、その部分は省いての報告をした。
いずれ答えが出ることを、切に願う。
王家の面々にアレ呼ばわりの駄々っ子坊やに無視され続けてきた九年を取り戻すかのような、蕾のまま花咲けずに萎れたようになってるシスティアーナにとって、お相手と共に幸福になれるご縁が、早く訪れますように。と。