53.癒やす存在 .
手触りのよいサラッと流れる黄金の髪。
同じ兄妹でも、ユーフェミアの髪は柔らかくうねりがあり指に絡ませやすいが、アレクサンドルの髪は、ひんやりと冷たくさらりと逃げていく。
ユーフェミアは柔らかくて煌めくミルクブロンドだが、アレクサンドルは正しく黄金の、と言える艶のある金細工のような色でストレートに近く、子供の頃祖父にもらった児童書にある太陽のきらきら王子の姿そのものに見える。
(本当に、綺麗でため息の出るお姿のご兄妹だわ)
勿論、フレキシヴァルトも金髪だが、僅かに赤味があって、暗い場所では赤茶に近いダークブロンドに見える。
クリスティーナ妃の産んだデュバルディオとアルメルティアも金髪だが、リングバルドの血が半分入っているせいか、琥珀か蜂蜜のような濃い色の真っ直ぐな髪質だ。
アルメルティアはやや赤味が入ってオレンジっぽくもある。
コンスタンティノスの血が入った女性には赤味が強く出る傾向にあり、五代前の女王ブランカから引き継がれる色であった。
祖父ドゥウェルヴィア公爵は、正妃であった母親も王族の遠縁だったせいか、金紅色の、磨き上げられた銅器のような髪色だ。六十代になった今でも白髪は殆どなく、赤みが強い濃い金茶の頭髪が、実年齢より若々しく見せる。
トーマストルとフローリアナも淡い蜜色のホワイトブロンドで、ユーフェミアとフローリアナには赤味は出なかったが、幼いフローリアナはまだ、成長と共に変わっていく可能性は有る。
髪の色に思いを馳せていると、いつの間にか微かな寝息が聴こえ始めた。
疲労回復や入眠によいハーブティーを飲んだとは言え、眠りに向いているとは言えない窮屈な環境でもすぐに寝息を立てられるくらい疲れが溜まっているのだ。
もっとよく休んでいただかなくては。お茶だけでなくもっと癒やして差し上げられたら⋯⋯
そこまで考えが進んで、ハッとしてなんとなくファヴィアンの顔を見るが、窓の外を眺めているままだった。
なんて烏滸がましい考えなのだろう。
親戚付き合いがあるとはいえ、妹姫と仲良くしているからといって、自分なんかが差し出がましい。
職務や臣民としてではなく、身体を気遣い寄り添い癒やし支える特別な存在──妃が必要だろうに。
「早くお妃さまを娶られれば⋯⋯ もっと支えを得て休まることも働く事も少しは楽になるのじゃないかしら。そういう話がない筈もないでしょうに」
「中々そうもいかない事情もおありなのでしょう」
小声での独り言であったが、ファヴィアンから返しが来る。
「差し出がましい事を申しました」
「いや。フレキシヴァルト殿下も同じ心配をなさっていた。ユーヴェも。
勿論、そういった話がない訳ではありません。殿下も成人なさっている訳ですし。ただ、具体的に話が進んだことはまだありませんが」
一度も?
なぜなのか。不思議には思ったが、理由は知らないのか、ファヴィアンはそれ以上は何も話さなかったし、システィアーナも訊かなかった。
譬え理由を知っていても、ファヴィアンが答えるとは思えなかったし、本人以外から勝手に聞いていい話でもない。
その後は、眠るアレクサンドルのためにか、侯爵邸まで誰もひと言も発さなかった。