51.居心地 .
なぜ、王太子殿下の隣に座らされるのか。自分もメリアの隣に座りたい。
そう思って身を縮こませていると、アレクサンドルがシスティアーナの肩に寄り掛かってきた。
「晩餐まで予定はないとは言ったけど、実はいつもの仮眠をするつもりだったんだ」
「そんな⋯⋯!」
「だから、肩を貸してもらうよ」
薄く笑みを浮かべて目を閉じるアレクサンドル。
(ち、ちち、近い近いです近過ぎますー!!)
美しいもの、可愛いものを愛でたり鑑賞したりするのが好きとはいえ、自分の左肩に乗ってるのは近過ぎる。
「あっ、あの! 殿下、そのままでは腰を傷めますし、長くそうしておられましたら背筋を歪めますわ」
顔を上げて、ファヴィアンの顔を見るアレクサンドル。
ファヴィアンは黙って頷いた。
身体に悪いと言われれば、仕方なく座り直す。
「で、でも、あの、本当は、仮眠を取られるはずだったんですよね?」
「まあ、一応。そのためにティアの特製ブレンドハーブティーを馳走になったんだし」
「でしたら、侯爵邸まで、いつもの膝枕を致しますわ。ミアの推奨ですし」
まだ、それ、信じてたんだ?
訂正しようか迷い、ある意味正しい部分もあるので、そのままにしておくことにしたアレクサンドル。
ファヴィアンも敢えて訂正はしない。
システィアーナの中で、自国の王女に教えられた説『若い女性の柔らかい腿で安らぐ膝枕は、世のどんな殿方にとっても最高の枕である。膝枕で休めばたちまち疲労回復』がただの通説で、定説ではなくまして学説などではないのだと、訂正される機会を失った瞬間であった。
「でも、さすがに僕が横になる幅はないよ?」
「これを足の下に」
システィアーナの背にあったクッションを二つ、身体を横にさせたアレクサンドルの膝の下に置く。
「このまま立て膝をすれば⋯⋯」
「まあ、イケるかな?」
「王族専属の車幅の広い馬車だから出来ることですわ」
アレクサンドルの頰や首の一部が圧迫されないよう、ドレスの皺を伸ばし、重なって段がついていないか確認すると、
「さあ、殿下、どうぞ」
と、膝に頭を誘導する。
(意識しちゃダメ、大丈夫、いつもの通りにすればいいのよ)
メリアは、あからさまに顔をそらしたりせず、目を閉じて俯いている。寝ている訳ではなく、システィアーナが照れたり羞恥に見舞われないよう気をつかっているのだ。
ファヴィアンも自然な姿勢で窓の外を眺めていた。
二人が真正面にいるのが気になったし、気をつかってくれるのが却って少し恥ずかしいが、それでもまじまじと見られるよりはマシだった。
アレクサンドルも、初めての時ほど頭が真っ白になったり、二度目以降のように婚姻契約関係にない相手の身体に触れてよいのかと気にしたりしなかった。
むしろ、心のどこかでこれを期待していたような気さえした。
「それじゃ、遠慮なくお借りするよ」
言葉が熱と風を伴ってシスティアーナの頰にそっと触れるほど間近で断りを入れると、アレクサンドルは、不自然にならないよう遠慮や躊躇いを見せずに、かといって乱暴にはならないようにゆっくりと、システィアーナの温かくて柔らかい膝に、頭を乗せた。




