50.侯爵邸までお送りしましょう
王太子自ら、侯爵令嬢を王都の邸まで送る?
感謝より呆れが先に出たシスティアーナは、困惑顔で訊き返した。
「殿下が、送る? ですか? あの、王太子殿下がそんな、ご公務でお疲れでしょうし、お手間を取らせるなんて⋯⋯」
「でも、ロイエルドは当分戻れなくて、執事もお使いに出ていてその後も馬車を使うのなら、今日中には戻って来ないと思っていいんじゃないかな?」
確かに、どんなお使いなのかはわからないが、ロイエルドの案件に係わるお使いと言うのなら、邸からロイエルドを追ってハルヴァルヴィア侯爵領まで行っている可能性が高いと思える。
だからこその、ユーフェミアに泊めてもらえなのだろう。
「ただ今夜の寝床が必要なだけなら、ミアのゲストルームにでも、二人と一緒に王太子宮にでも泊まればいいけど、明日の公務に必要な物が何も手元になくて、侯爵邸に戻らなければならないんだろう? 僕はこの後の予定は空いているから、気にしないで?」
爽やかに微笑んで、馬丁待機小屋に合図を送る。
すぐに数人が出て来て、豪奢で紋章の入った儀装馬車ではなく、小ぶりで黒塗りの箱型が引き立てられてくる。
「ちゃんと、いかにも王太子の馬車って感じじゃない方にしたから、気にせずに乗れるだろう? 馬も四頭立てで、侯爵邸までくらいなら休みなく速度も落とさずに行けるよ。
僕専用車両だから、誰にも迷惑はかけないよ。馭者やフットマン達にも仕事をあげないと、あそこで座って待機してるだけじゃ鈍ってしまうだろうからね、気にしないで、行こう?」
フレキシヴァルトやファヴィアン、アスヴェルの顔を順に見て返事に困っているシスティアーナの、背中と腿裏に腕を差し込みあっという間に抱き上げると、フットマンが開けた扉から乗り込むアレクサンドル。
涙目でフレキシヴァルトを見るが、にこやかに手を振っていた。
「ティアの腹が決まるのを待っていたら、晩餐までに戻れなくなってしまうから」
そう言ってシスティアーナを進行方向向きに座らせ、自分も隣に収まる。フレキシヴァルトも黙って頷いていた。
伯爵夫人ではあるがシスティアーナの侍女で使用人であるメリア。本来なら王族の馬車に気軽に乗れるものではない。が、主人と男性を二人きりには出来ないので、不敬なのを承知で、メリアもファヴィアンの手を借りて乗り込む。
車輪が大きく車体が高いので、足踏台を使ってもまだ高く、ドレスの裾を少したくし上げても女性一人で乗れるものではない。
メリアとファヴィアンが進行方向を背に、システィアーナとアレクサンドルの向かい側に座ったのを見届けると、フットマンは扉を閉め馬車の後ろのステップに立ち、それを合図に馭者が馬車を出した。




