37.憧憬
公式にユーフェミアの学友として宮廷学師についてアナファリテや他の令嬢達とマナーや教養を学び始めるまで、同年代の子供が集められ一纏めに家庭教師がつけられた時も、その時間の半分は公爵の公務についていくか、サンディの部屋で本を読んでいた。
そこではユーフェミアが一緒だったこともあるし、フレキシヴァルトやデュバルディオも同席していた時もある。
が、彼らにもそれぞれの勉強ややる事があるからと、いつもいた訳ではない。
どちらかと言えば、目付役のメリアと、当時すでにアレクサンドルの側近になると誓いを立てたファヴィアン、アレクサンドルの専属従僕と護衛騎士に見守られながら、幼いシスティアーナとアレクサンドルだけの方が多かった。
その、自分の役目に向かうためグズる小さなシスティアーナを置いていくアレクサンドルの、振り返ったときの寂しそうな目。
4つ年上のアレクサンドルは、祖父王が退位するか崩御の後、エスタヴィオが即位すれば王太子になる事がすでに決まっていて、勉強のみならずやることがたくさんある。
まだ幼児と言っていい四つ五つのシスティアーナと違い、僅か九つ十の少年ながら当時のアレクサンドルは、子供達同士で共に過ごす事ばかりに時間を裂く訳にはいかなかった。
二つ下のフレキシヴァルトや三つ下のデュバルディオは、王子としての教育も始まってはいたが、フルタイムではなく遊び相手とゆっくりする時間も許され、システィアーナやユーフェミア達とおやつを食べたり庭園で遊んでいるのを見て、羨ましかった。
自分は将来、王になるべく父王を助けられる優れた王太子にならなければならない。
その事は素直に誇らしいし、嫌だと思ったことはない。
でも、勉強中に窓の外に目をやると、令嬢達とおやつを食べたり庭園で遊んでいる弟達を見るのは、胸の奥に僅かな軋みを感じることもあった。
祖父王の体調が悪くなるたび、王太子に相応しい教養を身につけよ、礼儀作法は完璧であれと求められ、その頃にはエスタヴィオとユーヴェルフィオしか自分をアレクサンドルと呼ぶ者は居らず、十歳に満たない年相応のただの少年であることを許されなかった。
人目のないところで、システィアーナの祖父ドゥウェルヴィア公爵が、アレクサンドル殿下と呼んでくれる。それでも、殿下と尊称をつける。
なにを言うのだ、ドゥウェルヴィア公爵自身、先代王弟で殿下と呼ばれる身分であり、立太子していた祖父に忖度して退いたが、彼こそが王に相応しいと言う上位貴族達の声はまま聴こえる。子供の前だと無警戒で明け透けに話す貴族達。王族にすら、公爵に阿る者が少なくない。
決して腰が低い訳ではないのに、圧しが強いとか偉そうには見えず、控え目なのに無視できない存在感のアルトゥール・エスタクィア・コンスタンティノス=ドゥウェルヴィア公爵。
楽しそうに笑いながら、民と交わり異国の民とも馴染み、港を開き異国の民と特産物を呼び込み、国の発展に尽力してきた傑物。
彼こそが、アレクサンドルの理想の王の姿だった。