29.殿方を想うってどんな感じなのかしら
システィアーナの焼き菓子はすっかりなくなり、お茶でお喋りになる。
「シスは、まあ、おいといて。ミアやメルティは、陛下からそれとなく話が来たりしてないの?」
14歳のアルメルティアは今年15歳を迎えると、正式に王女として国内外に社交デビューの年でもある。
16歳のミアも、17歳になるので、そろそろ降嫁するのか他国の王族に嫁ぐのか、縁談の適齢期とも言える。
今年の初夏に婿を迎えるはずだったシスティアーナは、複雑な顔で、みんなのお茶を注いでいた。
アルメルティアは次女で、リングバルド出身のクリスティーナ妃を母に持ち、コンスタンティノーヴェルの王位継承権はない。
縁続きになる為に他国の王家に嫁すか、優秀な官僚を貴族として擁立するために降嫁させるか。
まだ、そういった話は出ていない。
それはユーフェミアも同じで、システィアーナには知らされていないが、2人はエルネストを婿取り希望していて、エスタヴィオもエルネストが納得していればよしとしている。
ただ、システィアーナとエルネスト次第なだけだ。
「今の所、特にそういうお話は出ていないわ」
「お姉さまは騎士の誰かさんがお目当てでしょう? しょっちゅう騎士達の訓練所に見学に行ってるし。あれだけお忙しくなさってて、よく時間作れるわよね」
「え? ミア、ただのファンとかって話じゃなくて、本当に、気になる殿方が騎士団にいらっしゃるの?」
急にアルメルティアにバラされて、頰を染めてそっぽを向くユーフェミア。
「別に、アナ達みたいに今すぐお付き合いしたいとか、婚約したいとか、まだそんなんじゃないわ」
『まだ』──いずれはそうなりたいと言うことだろうか。
「どんな方?」
男性を思って頰を染める、長く傍に居たのに自分が見たこともないユーフェミアの様子に、動揺と興味が渦巻いて、訊かずにはいられない。
誰かを想って頰を染めたり、急に話題を振られて焦って誤魔化したり知らんふりをする──自分は識らない感覚だ。少し、いやかなり羨ましい。
オルギュストと睦まじくなれなかった為に識ることが出来なかった気持ち。
「素直で優しくて、なんにでも真っ直ぐでとても誠実な方よ。勿論、剣術も馬術も優れていらっしゃるわ」
「騎士だから当たり前でしょう? お姉さま、もっと違う観点からの意見はないの?」
アルメルティアもエルネストを希望しているが、ユーフェミアもそうだとは、兄弟姉妹全員識りつつもお互いに口に出して確認したことはない。
ただ、システィアーナが誉めたりユーフェミアがエルネストを気にするのを見ている内に影響されて、自分もエルネストに憧れるようになったので、気持ちは姉に負けている気はしていた。
だからか、ユーフェミアを出し抜いてまで婿にしたいという強い熱情はまだ持てなかった。
それでも、若さでお姉さまには負けないわ、くらいの気持ちはある。
「オルギュストほどではないけれど、背は高いわね。サラサラの金髪が貴公子然としていて、声をかけられなくても、お姿を見てるだけでもちょっと幸せになれるわ」
──見てるだけでも幸せになれる
それは、どんな感じなのだろう。会話しなくても見てるだけでいいとは。それでは関係は築けないのではないのか。
「解るわ。私も、フレックとお付き合いできるようになるまではそうだったもの。公務を励むお姿や、ご弟妹に微笑みかける笑顔を見るだけでも胸がいっぱいになって、幸せなの。ダンスを申し込まれた日なんて地に足はつかないし、帰宅しても中々眠れなくて、大興奮よ」
──姿を見るだけで幸せ? 笑顔を見るだけでも胸がいっぱいになって、ダンスのお相手を務めた日は、目が冴えて眠れなかった?
そんな感じ、どこかで⋯⋯
「シスはこれからよね。きっと、シスも、今に特定の殿方のお姿を探して歩き回ったり、思いがけず出会ったら一日幸せな気分でいられたりするようになるわよ」
それは、都合よく婿に受け入れられる立場の人相手にそうなるだろうか。
自分で、コントロール出来る感情ではなさそうだけど。
少なくとも、マリアンナ王女のように、相手にされなくても情熱を燃やして追いかけるのは、自分には無理のように思えた。