26.誘い
バスケットの中身の四分の一を平らげたアレクサンドルは、キッチリ、菓子のおかわりとティーポットひとつの香茶を確保して、ファヴィアンと共に執務室に帰った。
二人を見送った後、隣のフレックの執務室の戸を叩く。
中からの応えの声を聞いてから、そっと開ける。
「エル従兄さまもいらしたのね。ちょうどよかったわ」
窓際の大きな執務机でフレックが書類に目を通したりサインしたり、その背後にアスヴェルが立ち、エルネストが書棚の前の作業机で手紙の仕分けをしていた。
壁際に控えていたメイドが一度隣の小部屋に下がり、茶器の用意をして再び出て来る。
「シス。すまないね、今、あまり手が離せないんだ」
「それでも、一度お休みになって? 焼き菓子をお持ちしましたの。甘いものを摂って、一休みした方が仕事効率も上がりますわ、きっと」
「そうだね。いただこうか。エルネストも一緒に構わないかな?」
「勿論ですわ。アスヴェル様もぜひ」
「勿体ないお言葉です。王太子殿下や王女殿下達にお分けください」
「もう、王太子殿下には先にお分けしましたわ。ファヴィアン様にも。ちゃんと、ユーフェミア王女殿下やアルメルティア王女殿下にも残してあります」
「そんなにたくさん焼いたのかい?」
「ええ。いい気分転換になりましたわ」
茶を用意しようとしたメイドを止め、システィアーナが自分で4客分淹れる。
午後の陽が差す穏やかな執務室に、香茶と焼き菓子の甘い匂いが広がった。
ちら、ちらと何かを言いたげに視線を寄越すシスティアーナに、フレックが苦笑する。
「エルに用があったのかな?」
「ええ。その、フレックの公務が忙しいのは解ってますわ。でも、わたくしには、その、今は決まった方がいないので、夜会で肩身が狭くて⋯⋯」
どんどん声が小さくなっていくシスティアーナ。薄紅の姫君と呼ばれ、凛としている公務中の彼女と同一人物とは思えないほどだ。
「はは~ん、それで、エルをパートナーに借り出したいのか」
「ええ。勿論、フレックの公務に差し支えるようなら無理にとは言わないので、予定だけでも教えてもらえるかしら?」
「勿論。シスは侯爵令嬢だけど、ドゥウェルヴィア公爵家の唯一の孫娘で跡取り候補だし、エルネストも公爵家の者だから、早く会場入りする必要はないだろう?」
「ええ」
時と場合にも寄るが、たいてい、夜会では、到着順に会場入りする訳ではない。
一旦控え室に通され、身なりを整え直したりウェルカムティーなどでリラックスし、開催時間まで待つ。
入場も、基本、招待客の爵位が低い者、著名度の低い有識人などから入場する。
王家の者は特例を覗きほぼ参加しないが、王族でもある公爵家の人間は夜会開始直前に入場する。
参加する者に紹介も兼ねた、読み上げ入場である。
当然、王族でもある二人は、最後から数えた方が早い順位での入場となる。
「その時間帯に予定が入ってるのは⋯⋯」
フレックがスケジュール管理用の書類の写しを出してきて、システィアーナに手渡し、説明しながら印を入れていく。
「あの、この日。エル従兄さまの都合がつけば⋯⋯」
遠慮がちに指すシスティアーナに頷きながら、フレックの手元を覗き込んだエルネストの顔が曇る。
「その日は、別件で予定が入ってるんだ」
「そう。残念だわ」
「別の日に変えられ⋯⋯」
「大丈夫よ。ユーヴェ従兄さまか誰かにお願いするわ。お父様もその日はダメなの」
寂しげに微笑んで。茶器を片付け、菓子の残りを持って退出するシスティアーナ。
そして、彼女を見送るエルネストの表情が寂しげに見えた。
「予定は変えられないのか?」
「たぶん。僕の一存では⋯⋯」
「そうか。なんの用なんだ?」
フレックは特に何かを思って訊いた訳ではなかったが、エルネストが黙ってしまったので、却って気になった。




