24.白薔薇の⋯⋯
システィアーナは、王宮の本宮から、王族の生活の場である奥宮へ渡り、歩いていた。
手には、夕べ焼いたばかりの菓子を詰めたバスケットを抱えている。
エスタヴィオも好んで食すほど、王家のみなに喜ばれているので、月に二回ほど焼いて届けるのだ。
まだ足元の冷える時期、毛足の長い絨毯が敷かれた廊下を絹の華奢な靴でさくさくと進む。この密度の高い絨毯の毛を踏む感触が実は気に入っていて、まだ冷える時期にも拘わらず、薄手の絹の華奢な靴を履いているのだ。
感触を楽しむためにヒールが殆どないので、いつもより小柄に見える。
廊下を進んだ先に、のっぽの揺れる銀髪が見える。ファヴィアンだろう。
アレクサンドルの元へ行くのだろうか。ちょうどいい、アレクサンドルにもお裾分けしようと、バスケットの中の小分けした菓子を手に、追いかける。
踵の高い靴を履いていないので、足の速いファヴィアンだが追いつけそうだった。
(どこへ行かれるのかしら?)
てっきりアレクサンドルの元へ行くのだと思っていたのに、王子達の居室を通り過ぎて、どんどん奥へ行く。
(声をかけるべきだったかしら)
王太子宮を増築する時に柱や壁を一部改築したり窓の位置を変えたりした時に出来た、複雑な角や柱を、まるで入り組んだ迷路のように抜けて進むファヴィアン。
やっと立ち止まったかと思うと、石膏彫りのレリーフが固定された壁に手を添え、もう片方の手でレリーフに触れると、壁が反転し、回転扉のように別の空間へと続いていた。
「ここは?」
つい声に出して、半開きの壁のレリーフに触れていると、
「通称白薔薇の小部屋、或いはブランカの隠れ処と呼ばれている隠し部屋ですよ。隠れ処ですから、通称とは言っても存在を知っているのは、歴代の王と一部の側近、王太子とその補佐官くらいのものですが」
王太子の補佐官モードの、いつもよりも更に堅い態度のファヴィアンが答える。
中に入ったと思ったが、システィアーナが仕掛けに触れたことで、隠し扉が開いたので出て来たのだろう。
仕掛けに集中していたので、急に声をかけられて飛び上がりそうなほど驚いたが、胸を押さえて動悸を落ち着かせるように深呼吸し、顔に出ないように努める。
「ブランカ陛下の?」
「ええ。女性ですから、歴代の王に比べると、体力はなかったのでしょう。執務に疲れると、王佐や宰相に断って、小一時間から数時間ほど、姿を消して休まれる事があったと聞いています。その時に、使われた小部屋ですよ。警備の近衛騎士も極一部の者しか存在を知りません」
その秘密の小部屋を見てしまっていいのだろうか?
戸惑いつつも、見なかった事にしろとか、立ち去るように言われなかったので、好奇心が勝って、中を覗いてしまった。
白と白に近いオフホワイトを基調にしたこぢんまりとした小部屋で、ロングソファとローテーブル、簡易キッチンと暖炉、子供用かと思う可愛らしい装飾の小さなチェスト。
それぞれ、選んだ人物の趣味のよさが感じられるものだった。
その総てに、薔薇の彫刻が入っている。
「ブランカ陛下の子供の頃使われていた家具と、当時の居室で使われていたものだと聞いています」
道理で、優しいデザインで、どこか女性めいたイメージの部屋である。
数歩踏み入ると、ソファの陰から肘掛けに、クセのない金髪が垂れていた。
アレクサンドルが居るのだろうと、近寄ると、男性にしておくのは勿体ないような豊かで長い睫毛が僅かに震えながら、その目は閉じられていた。