22.何ものにも代え難い素晴らしいもの
「兄上?」
フレックは、自分の手元を見る姿勢で顔を伏せたまま、目だけで向かいに座る長兄を見やる。
「何かな?」
話し掛けられたのにフレックを見ずに、窓の外を眺め、鼻唄でも始めそうな機嫌の良さを見せるアレクサンドル。
フレックは、迷ったが訊ねてみる事にした。
「何か、いいことでもあったの?」
「なぜそう思う?」
「このところ、調子が悪そうだったのに、急に調子が良くなって、それ自体は喜ばしいことだけど、変化というか、いつになく楽しそうにしてるよね」
ああ。そうかも。
アレクサンドルは納得する。
「いいことがあった、のかな? 確かに、たった一度で調子は良くなったね。感謝しなくてはね」
システィアーナに。
とは続けられなかったが、フレックにはそう続けられたように感じた。
フレックには確かめる事は出来ないが、その通りである。
「本当に、些細なことでも、驚くような効果があることは有るんだね」
「わかるような気はします。兄上が何に対してそう言っているのかは量りかねますが、自分にも覚えはある⋯⋯から」
それまでのいつもの同腹の兄弟ならではの気安い口調を変えて、アレクサンドルに答えるでなく、自分に言い聞かせるように呟いた。
誰に対しても公平な態度で接し、いい加減さや不誠実を嫌い、真面目で勤勉、公正な『王太子』の陰で、人当たりの良い、快活で優しい第二王子を演じ、魑魅魍魎が跳梁跋扈する政界に於いて、己の利権を濫用し王家を欺こうとする不忠者の貴族どもや、この国の豊かさを食い物にしようと虎視眈々とチャンスを狙う諸外国の使者を見極め、時には裏から手を回して、国と父王と兄王太子を守って来たのだ。
その役目は重く、肉体だけではなく精神的にも負担は大きい。
その苦しみを軽減し、分け合って支えてくれる新妻アナファリテ。
交際当時から、彼女が心身共に癒やしてくれ、時に叱り飛ばし、時に甘やかし、共に闘ってくれるからこそ、これまでやってこられたのだ。
「兄上。早く、心の支えを、心から信頼し総てを預けられる伴侶を得てください。その恩恵は、何ものにも代え難い素晴らしいものですよ」
「⋯⋯ああ、そうだな。お前達を見ていると、本当にそう思うよ」
柔らかい微笑みを返すアレクサンドルに、フレックも笑顔で応えた。