46.きらきら王子さまとつやつや姫
当時まだ舌足らずで、幼いながらも立派に女の子らしいおしゃまさんだったシスティアーナは、自分のフルネームが発音できず、わたくしとは自称せずアーナと言っていた。
正式にユーフェミアの遊び相手と決まった時に、アナファリテもアナと呼ばれていたことから、同じ子音を並べる「シス」がうまく発音出来ないシスティアーナは、ティアと名乗るようになった。
当時からの友人は今でもティアと呼ぶが、家族や王家の人々はシス、或いはシスティアーナ嬢と呼んでいる。
一般的に、お気に入りのぬいぐるみやおもちゃを持ち歩く幼児はよく見かけるが、幼い頃のシスティアーナは絵本を抱えている事が多かった。
祖父にもらった絵本の中でも、王子さまと幸せになるお姫さまの物語を気に入っていて、公爵に連れられて登城する時も持って歩くほどだった。
祖父に阿る貴族達は、システィアーナの事を薄紅の姫君と呼んでいたこともあって、いつか自分も素敵な王子さまと幸せになるのだと信じていた。
ユーフェミアの話し相手として、アナファリテ達侯・伯爵家の令嬢と共に行動するようになってもまだ、周囲の大人達にユーフェミアと同等の扱いを受けていたのもあって、自分は『お姫さま』で、将来は王子さまと結婚すると思い込んでいたのだ。
初めて顔を合わせた日。ユーフェミアと床に座って話しているのをやんわりと窘められ、フレックに抱えあげられてセディに座らされた時に微笑みかけた美少女は、実は上品な子供服を着たアレクサンドルであったが、王太子である彼と同一人物であるとは、未だに気づいていない。
(五章 第12話 薄紅の姫君 参照)
まだ王族の系譜も覚えていない頃で、ユーフェミアの姉だと思い込んでいたし、だからこその『サンディ』呼びであったが、成長した今では、そんな事があったのも覚えていないだろう。
とにかくお決まりのセリフが「本物の王子さまと踊りたい」「大きくなったら王子さまと結婚する」だったのは、思い出しても顔から火が出そうなほど恥ずかしく、システィアーナにとっては忘れて欲しい事柄であったが、アレクサンドルもフレックも年上で本人よりもよく覚えているし、二人とも、幼女にはありがちな夢だし当時のシスティアーナがとても可愛かったと言うのには少々居たたまれなかった。
そんなシスティアーナがたまに言っていたのが、きらきら王子さまである。
絵本の中のヒロインが、月や星のように煌めく白金の髪の『つやつや』姫なのに対し、ヒーローは陽光に輝く金糸の髪の『きらきら』王子であったらしい。
「ティア、さんでぃのきらきら金のかみが大好き! お目々もいろんな色ですっごくきれい。とっても王子さまらしいね!!」
確かにそんな事を言われた覚えはある。
第一王子として、いつか立太子する時に名に恥じぬ王子に相応しくあれ、や王妃殿下に似て花の容が美しくて将来が楽しみだ、などとは言われる事は多いが、その容姿が『大好き』と言われた事はなかった。
身分差から、面と向かって言う者はいなかったのである。
そんな、言った本人も言われた本人も忘れていたような小さな事柄が、髪を大切にしているきっかけだというのか⋯⋯?
「兄上?」
何かを思い出し、頰を染めて横を向くアレクサンドルの珍しい様子に、ディオが面白いものを見つけた子供のような眼で覗き込む。
「いや、何でもないよ」
「何でもないようには見えないけど」
面白がるデュバルディオとなんとか誤魔化したいアレクサンドルのやりとりを見て、エルネストの胸に不安が拡がった。




