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 4 緑竹猗猗

 一月の最後の聖曜日。


「‥‥・nnン。」


「     」


「ルナ様。今日はこれまでのおさらいを致しました。審アーサナの基本のやり方、深め方はご理解頂けたと思います。」


「はい。」


「プラーナ呼吸法に入る前の基本の呼吸術についても同じです。」


「はい。」


「これらはご自分できちんと練習して下さい。」


「はい。」


「明日から秋分まではルナ様の興味のある事を稽古しましょう。その事を今日の瞑想の中で調べて頂きました。」


「はい。」


「何を稽古したいか決まりましたか?」


「はい。師匠。」


「では、何を稽古したいか教えて下さい。」


「はい。このお店の事や四月からの貴族学院の事とは別に師匠から教えを受けたいのは、剣術です。」


「剣術ですか。何故でしょう。」


「はい。一昨年の冬祭りの時、二兄(にーにー)さまとルイ様が剣術の稽古をなさっているのを拝見しました。あの時以来剣術をしてみたいと思ってまいりました。」


「しかし、ルナ様は内王子。お姫様です。刺繍とかお菓子作りとか楽器とかそういったお姫様らしいものには興味はございませんか?」


「はい。そういった女子の習い事は一通り手解きを受けましたがどれも夢中にはなれません。オルレア姉さまにはルイ様よりクリス様がお強いと伺いました。それでクリス様に剣を習いたいと申し上げた時、剣など習わぬ方が良いと仰いまいました。しかし、わたくしはやはり剣を習いたいと改めて今日の瞑想の中で思いました。」


「そうですか。クリス姫はそのように申されましたか。そうですね。わたくしもそう思います。」


「でも、師匠はわたくしの興味あるものを稽古して下さると仰いました。それは剣です。」


「そうですね。ではこうしましょう。これからひと月間、わたくしの剣の基礎となる体術をお教えします。そして、その間の瞑想では何故剣を習いたいのか、どの様な剣を習いたいのか、を調べてもらいます。その時の答えを聞いて改めてどうするかを考えましょう。では今日はこれまで、もうすぐ6時半です。朝食に遅れないようお急ぎください。」


「ありがとうございました。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・


 帝都では寺院の代わりに役所が時の鐘で時刻を教える。寅の正刻4時から正刻毎に夜の亥の正刻22時まで鐘が鳴る。二月は卯の六点鍾が鳴ってもまだ暗い。セルヴィーズ見習いの3人娘は遠くに六点鍾を聞くとベットを飛び出し朝の身支度をはじめる。6時半を回るとお店の一画のテーブルに朝食の用意を始める。そこへ今は「遅くなりました。」とルナが加わる。四人で店長、3人の副店長、コック長、副コック長、ランドリー長、副ランドリー長に加え、ヴィリーが座る朝食テーブルをセッティングしていく。


「ルナ、店長とヴィリーの席はあなたの当番だから」と、テテ。


「他は任せて」と、アンジェリカ。


「お花の香りつよくない?」と、ユージーニア。


お皿やカトラリーを定規で計ったように並べていく。部屋の暖かさを調節し、テーブルクロスやナプキンの折り山をもう一度見直すと四人は壁に沿って直立する。四人が直立不動の姿勢を取ったのを見ていたかのように店長を先頭に上級店員が入って来て席に着く。


「始めましょう。」と店長の声。


ルナ達は厨房から今日のパン3種を運び店長たちのパン皿に給仕する。配り終わると店長がひとつのパンを取りひとちぎり口に運ぶ。それを合図に全員がパンに手を伸ばす。店長の頷きでセルヴィーズ見習い四人組は料理を運び皿に取り分けていく。


「では、今日の命の糧を頂きましょう。」と店長の唱導で朝食が始まる。


四人娘は食事の進み具合を見て水を差し継いだり、料理を追加したりと緊張の内に仕事をこなす。

無言のうちに食事が進み、店長がフォークとナイフをメインの皿の片隅に纏め置いたところで食事は終了となった。

 間を置かず流れるように皿を下げお茶の用意をする。ルナが店長のカップにお茶を注ぐのを合図に3人もお茶を給仕した。

それぞれのカップにお茶が注がれ終えると、店長が自分のカップを優雅に持ち上げ香りを聞き、艶やかな唇を縁に付ける。それを見届けて全員がカップを手に取った。

お茶を飲みながら店長が責任者の報告を受け、指示を出していく。

二杯目のお茶を飲み終える頃、店長が纏めの訓示をして朝食会は終わる・・はずであった。


「ところでルナ。」


「はい。」


「今日までセルヴィーズの見習いとしてひと通りの事を習得したと思います。」


「はい。」


「未だ帝都に於いても、大貴族のお屋敷では給仕は従僕(フットマンの仕事です。」


「はい。」


「彼らは厳しい修行と競争を勝ち抜いてその地位を獲得します。」


「はい。」


「彼らはページ・ボーイやブーツ・ボーイを皮切りに様々な仕事を仕込まれ、そして自らのキャリアを積み上げる為に幾人もの上司に仕え経験を積みフットマンと呼ばれるのに相応しい技量を身に付けます。」


「はい。」


「しかし、技量が如何に素晴らしくとも正規のフットマンとなるには身長が180以上である事という、本人にはどうしようもない壁があります。」


「はい。」


「努力だけでは致し方ない世界です。」


「はい。」


「メイドの世界も同じです。本来メイドは人目に触れない存在です。唯一例外的にパーラーメイドがお客様の接待を致します。」


「はい。」


「斯く言うわたくしも、ハウスメイドを皮切りにランドリー、ナース、スカラリーメイドと、ひと通りの基礎修行をしました。たまたま奥様の目に留まりパーラーメイドの道を歩む事となり神のお恵みか、運よく身長が170に達しましたので、正規のパーラーメイドとなり、ファーストメイドの地位を頂くことが出来ました。そして最後は家政婦長(ハウスキーパー)補佐まで勤めさせて頂きました。」


「はい。」


「その経験を踏まえて申します。ルナ。」


「はい。」


「明日からランドリー長の下でランドリーメイド見習いを申し付けます。今日は休日としてヴィリーとお過ごしなさい。」


「はい。」


「では、ランドリー長、明日からルナを頼みます。それからコック長、今日のパンは些かしっとり感が足りません。かの者の昇進は見送りという事で更なる指導をお願いします。では、本日も御客様の為に最善の努力を致しましょう。」


そう言って立ち上がると颯爽と退室して行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


 夜、大部屋に見習い四人娘が集う。就寝前のひと時、おしゃべりの時間が一番の楽しみかもしれない。


「ねえ、ルナ。今日はお休みを頂いて何をしてたの?」と、ユージーニアが聞く。


「う~ん、開店直後9番街まで出て商店街の散歩。生地屋で生地を買って来てランドリーメイドのメイド服とエプロンを仕立てた。」


「独りで?」


「ほとんどヴィリーかな?真似をして裁断や裁縫をしたけど自分で作ったのは人前では着れない。」


「ずーっとお裁縫?」


「昼時の町内会を散歩して、いろいろ見て、午後はお勉強も。」


「独りで?」


「貴族学院の1年生用の教科書からヴィリーが問題を出して答えていくだけよ。」


「貴族学院ってどんなお勉強するの?とても難しい?」


「ううん。高等小学校をちゃんと卒業していれば読めばわかる事ばかりかな?」


「ねぇ~、よかったらその教科書見せてもらえないかな、」とアンジェリカ。


「もちろん、いいわよ。もう私にはいらない物だから。明日、ヴィリーの許可を貰ってから持ってくるわね。」


「ありがとう。」


「ところで、ランドリーメイドって大変?ヴィリーはランドリーメイドの経験は無いそうなので何にも教えてくれないのよ。」


「そうなの?」


「自分の物はすべて自分で洗濯してきたから洗濯はできるけど、メイドしての決まりや、やり方は知らないそうなの。」


「そうよね。田舎にいた時は自分で家族の分も洗濯してたけど、そのやり方とは随分違うと思う。」とテテ。


「ここへ来る前の大きなお屋敷でひと通りいろんなメイド長についてやらされたけど、あれが一番いやだったかな、」とユージーニア。


「あれって?」


「あれっていうのは・・オマル当番。」


「「あ~アレね。」」とアンジェリカとテテも同意する。


「オマル当番?何?洗濯と関係あるの?オマルってあのオマル?」


「そうよ。あのオマル。」とユージーニア。


「あのオマルどうするの?」


「当番がみんなのオマルを集めて中身を大桶に集めて、集めたオマルは洗って乾かして、乾いたら各部屋に配るの。」


「中身って大きいほうの?」


「大きいのは別よ。あれはあれで特権があって、変に手を出しちゃいけんないんだから。」とテテ。


「えー、そうなの」とユージーニア。


「そうよ。貴族のお料理には金箔や金粉をつかったものが出される時があるの。」


「えっ、金を食べるの?」


「美味しいの?」


「知らないわよ。金なんて金貨さえ触った事ないのに、」


「美味しいのかな、」


「ユージーニア!もう、だけど消化しないので大としてそのまま出てくるらしいの。」


「ふんふん、」


「それで、大の担当特権従僕はその中から金を取りだして自分のものに出来るのよ。」


「そうなんだ。小は?小からは金は出ないの?」


「出るとは聞いてないわね。出るんだったら従僕がオマル当番やるはずよ。」


「じゃなんで、メイドがオマルを集めるの?」とルナ。


「えッ。知らないの?」


「うん。」


「あ~、お嬢様だったわね。洗濯なんてした事ないでしょ。」


「・・・・」


「肌着も?」


「は、は、肌着ぐらいはあるわよ。」


「そうよね。いくらお嬢様って言ったて、王女様でもなければ誰でも自分の肌着ぐらいは洗うわよね。」


「そうよ。母が何でもやってくれたから洗濯の事はよく知らないけど、流石に肌着は自分で洗うわよ。」とルナ。


「そうよね。それで小の方だけど汚れの酷い仕事着とかに掛けるのよ。」


「ひぇっ!」


「なに、驚いているのよ。」


「そうよルナ。うちは父さんが仕事で酷く汚れた時は馬の小でザブザブしてわ。」


「そうなんだ。」


「ここでもするのかな?」


「う~ん、わたし達はここのランドリーのやり方は知らないから分からないけど、洗濯建屋が立派だからやってるかもね。」


「ここのリネンや厨房の仕事服はとても白くて私達の制服やホワイトシャツもアイロンもしっかりと当たってて、とても美しく仕上がって来るからね。」


「白くするのは小だけじゃないでしょ?石鹸とかは?」


「石鹸は高すぎて滅多に使えないわ。お湯はたくさん使うから・・」とユージーニア。


「お湯に白くする力があるの?」とルナ。


「お湯にあるのかどうかは分からないけど、灰はよく使うわね。」とテテ。


「そう、釜を焚くとき良く叱られたっけ、」とアンジェリカ。


「どうして?」とルナ。


「洗濯に灰を使うでしょ、それで・・」


「洗濯にどうして灰を使うの?かえって汚れるでしょ。」


「忘れてた。ルナはお嬢様だった。」とアンジェリカ。


「そうね。私たちの知ってることを知らないから。」とテテ。


「あんまり余計な事を言わない方がいいかも。」とユージーニア。


「え~、そんな~」とルナ。


「取り敢えず、髪の毛はきちっと束ねて帽子かヘッドカチーフをしっかり被る事ね。」


「どうして?」


「下っ端の仕事はとにかく汚れるから。竈炊きの火の番で髪の毛を焦がさないこと。」とアンジェリカ。


「それから、洗濯は踏む、叩く、擦るだから、あかぎれや踵割れを起こさないようにね。」とテテ。


「薪を炊くときは木の種類別にね。漂白するつもりが黄色くなっちゃう木もあるから。間違えるとすっごく叱られるから、」とユージーニア。


「なんだかすごく心配になってきた。」とルナ。


「たいしたことないけどね。」とアンジェリカ。


「田舎じゃ誰もがやってることよ。」とテテ。


「私達はセルヴィーズだから、制服が汚れるよーな事はできないし、手が美しくないといけないから水仕事もあまりしちゃいけないけど、ランドリーは全く逆なの。」


「・・・・奇麗な所だけ見てちゃいけないっていう教えかしら。」


「そうかもしれないけど、使用人のメイドの仕事なんてほとんどが汚れ仕事よ。履いたり、拭いたり、磨いたり。」


「でも、その修行の先にはお金になる技術が習得できるわ。」


「洗濯はもちろん、漂白とか・・・芝生にシーツをパーって広げるの天気のいい日に気持ちよかったわ。」


「あれは私も好きだった。」


「私も。それからアイロンがけ。シーツとかしかやらせもらえなかってけど皺が伸びて綺麗になっていくのが気持ちよかった。」


「みんなやって来たんだ。」とルナ。


「いろいろ体験して自分の進む道を決めるのよね。といってもハウスメイドかランドリーメイド、あとはお料理に進みたければスカラリーメイドだけどね。」


「パーラーメイドは?」


「パーラーメイドとかナースメイドは特殊って言うかほんの一握りの人しか付けない仕事よ。」


「パーラーメイドはとに角見た目ね。高身長で美人でないとやらせてもらえないのよね。」


「私達はメイドじゃなくてセルヴィーズだから高身長でなくてもいいの。きっともう少し身長が伸びると思うけど、パーラーメイドじゃなくてセルヴィーズがいいわ。とても店長みたいにはなれないもの。」


「そっか。いろいろあるのね。」


「明日から頑張ってね。お嬢様にあかぎれを作らせるようなことはしないと思うけど、竈掃除はあるわね。」


「灰かぶりはメイドの基本だからね。」


「もしかして、ルナは灰被り姫になれるかも」


「ルナがお姫さまなら私達は女王様かしら、」


「いじめ役の継母じゃないの」


「やだ~、テテったら。」


「さあ、そろそろ寝ましょ。ルナおやすみなさい。王子様の夢でも見てね。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・

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